318 装甲戦闘車
敵軍の撤収作業が始まったようで、部隊ごとに順次東方へと去っていく様子が見受けられた。ようやく王都の攻略を諦めたのかって感じだ(判断が遅い!)。
いや、もしかしたらメフィストフェレス氏の存在に気づいたのかもしれないね。本国との補給路が遮断されている状況は、かなりヤバいと判断したのだろう。
「これは我が軍の勝利ってことですよね?」
「ああ、王都防衛の達成を勝利条件とするならば、な」
チェリーナさんの問い掛けにパレートナム課長補佐が答えていた。
俺も気になっていることを質問してみた。
「撤退中である敵軍の背後を脅かしますか?」
「うーん、それなんだが、第一部の判断待ちだな。俺としては仕掛けるべきだと思うんだが…」
このあと、パレートナム課長補佐は総司令部に招集され、東門の上の彼の持ち場からは一時的に離れた。すぐに帰ってきたのだが、その間の指揮権を俺に移譲していったのには困ったよ。
ただ、チェリーナさんを始めとする彼の部下たち(弓兵や魔術師等)は、意外なことに誰一人として不満そうな顔をしなかったけどね(内心は分からないけど…)。
ほどなくして戻ってきたパレートナム課長補佐はライアーン第二部長を伴っていた。
「ツキオカ男爵、貴殿のご活躍を拝見しておりました。恐るべき武器をお持ちのようで、我が国としてもかなりの脅威を感じますよ」
まぁ、そうだろうな。イーサ砲はこれまでの軍事常識を覆す画期的な魔道武器だからね。
「国防軍第三部は兵站を司る部署ですが、工兵部隊の元締めでもあります。その第三部所属の工兵たちが、貴殿の武器を見て想像力を刺激されたのでしょう。ある装備を作り上げました。正確には既存の装備品を改造しただけですがね」
こうして連れて行かれた先にあったのは一台の装甲馬車だった。
なお、外壁上に固定していたイーサ砲は弾倉類と共に【アイテムボックス】へと格納し、チェリーナさんだけを伴ってある倉庫の中へと案内されたのだ。
「こ、これは…」
その装甲馬車は天井部分にイーサ砲の三脚を固定できるような金具が取り付けられ、天井には四角い穴が開けられていた。その穴から身を乗り出してイーサ砲を操作できるように作られているようだ。
また、天井の穴の進行方向側に半円状に鉄製の防御板が取り付けられており、射手の背後を敵の弓矢や攻撃魔法から守るようになっていた。
防御板の状態から分かるように、設置する向きについては、砲身を馬車の後方へ向ける形となっていた。防御板のせいで射界は左右に60度、全周の3分の1をカバーするって感じに制限されていたけどね。
「車内もご確認いただけますか?」
鋼鉄の鉄板で覆われた車内は薄暗いけど、天井に開けられた穴から射し込む光で内部を十分に確認できた。
「天井の穴は適宜閉じることができるようになっております。雨の日には困りますからな」
一緒に馬車の中へ入ったチェリーナさんが呟いた。
「あの魔道武器専用の装甲馬車ですか。何という恐ろしいものを…」
拠点防衛のために固定された武器はそれがどんなに強力であっても近づかなければ問題ない。ところが、この馬車はその強力な武器(イーサ砲)に機動力を付加したってことだからね。
そう言えば、我が国の陛下も同様の構想を抱いていらしたな。エーベルスタ王国が誇る王立砲兵工廠でも似たようなものを作っているかもしれない。
このあと、第三部所属の工兵たちと共に、イーサ砲の取り付けとその調整を行った俺。
同じ『ものづくり職人』ってことで話も合うし、楽しい一時を過ごしたよ。
二時間くらいで完成した装甲馬車は、こう名付けられた。『装甲戦闘車』と…。従来の装甲馬車って防御的な兵器なんだけど、それに戦闘力を付与したって意味だね。
馬車の進行方向へ向かっては発射できないけど、これは馬たちに与えるストレスや誤射の危険性を考慮した結果だ。
あと真横にも発射できないけど、これは当然だろう。ただでさえ重心が上なんだから、もしも真横に発射することができた場合、その反動によって下手したら横転するかもしれないしね。
「国防軍としましては、機動部隊を編成することにより敵軍の追撃を企図しております。その機動部隊の中核となるのが、この装甲戦闘車であり、ツキオカ男爵にもぜひ追撃戦に参戦していただきたく、伏してお願い申し上げます」
第二部長の腰が低い理由は、パレートナム課長補佐との契約にある。『防衛戦闘に限り参戦する』という文言が契約書に記載されているためだ。
まぁ、追撃戦までを防衛戦闘とするという拡大解釈も可能だけどね。このお願いの仕方はこの国の誠意ってことだろうな。なかなか好感が持てる。
「分かりました。微力ながら追撃戦にも参加致します。そもそもアークデーモンへの指示は私でなければできませんし…」
そう、メフィストフェレス氏と会話できるのは、【全言語理解】のスキルを持つ俺だけだからね。いずれにせよ、件の谷へは行かざるを得ないのだ。
・・・
こうして編成された機動部隊は、中核としてイーサ砲搭載の装甲戦闘車一台。騎乗した騎士が200名、歩兵を運ぶ馬車が100台で、兵数は1000名。さらに輜重用の幌馬車や荷馬車が合計100台追随する(食料を50tほど積載している)。
10万人を追撃するための部隊としてはあまりにも小規模だ。総兵力数は1200名しかいないけど、食料在庫は二週間分もある。これは敵軍からの落伍兵を保護した際、食料を提供できるようにってことらしい。
すでに落伍兵の発生を見越しているのである。流石というほかない。
装甲戦闘車の御者(操縦手)は国防軍第三部の工兵の一人が担当し、砲手は俺、助手(予備砲手も兼ねる)としてチェリーナさんも同乗する。
あと、追撃部隊の指揮官としてパレートナム課長補佐、いやパレートナム第二部長代理も同行する。そう、戦時昇進(野戦任官とも言う)で、第二部長の代理となったのだ。これは地位としては第五課長を飛び越えているらしい。
なお、余談だが、現在の第五課長はパレートナム氏との入れ替わりでゴルドレスタ帝国へ赴任しているらしく、今回の戦争には不参加である。
俺としても、追撃部隊の指揮官が気心の知れた人物であることにホッとしているよ。




