317 講和条件 ~第三者視点~
リュミエスタ王国の遠征軍において、この戦争の勝利条件は以下の通りである。
1.ビエトナスタ王国の無条件降伏。
2.1が達成できないときは、次のいずれかを目標とする(できれば複数項目)。
2-1.国土の東側(できるだけ広い面積)を割譲させる。
2-2.戦時賠償金を支払わせる。
2-3.王族の身柄を人質として差し出させる(できるだけ多く)。
このうち、1番を達成することはもはや不可能だろう。その事実を遠征軍の誰もが認識していた。
となれば、狙うは『2-1』と『2-2』の項目である。
『2-3』は達成できたと思ったのも束の間、せっかく捕らえた者たちはすでに王族から除籍されていたという肩透かしを喰らったわけである。
・・・
敵国の王都を包囲し始めてから、早くも四日目になる。総司令官である第三王子殿下は悩んでいた。
「ビエトナスタ王国側は、講和条件としての国土割譲や戦時賠償金を認めるだろうか?」
「籠城戦において、援軍が無ければジリ貧になるのは自明の理です。こちらから講和を呼びかければ、ある程度は認める可能性はあるでしょう。ですが相手は病床の身とはいえ『戦士王』です。果たしてどうなるかは…」
王子殿下の問いに答えた参謀も、確固とした根拠もなく、自らの希望的観測を述べているだけであった。
なにしろ、打った策が尽く退けられているのだ。多少、弱気になるのも仕方のないことだろう。
「それにしても補給部隊の到着はまだなのか?そろそろ着いてもおかしくないのではないか?」
「はっ、現在調査しております。こちらから迎えの早馬を向かわせておりますので、そろそろ知らせが届く頃かと…」
このとき、総司令部となっている陣幕の中に急報が飛び込んできた。
「た、大変です!あ、アークデーモンがっ!」
その急報は絶望をもたらすものであった。
いつの間にかこの遠征軍と本国とを結ぶ交通路が遮断されていたのである。その驚愕の事実がようやく判明した瞬間であった。
すぐさま調査に当たった者から詳しい状況を聞いてみると、そこには絶望しか無かった。
国境砦から進発した補給部隊はアークデーモンによって、完膚なきまでに破壊され、パンの一切れすら遠征軍には届かないということが判明したのだ。
また、遠征軍から本国へと向かう早馬についても、その地に伝令役の騎士の屍が晒されていたそうで、本国への補給要請が為されていないことは明らかだった。
要するに、その谷は一体の魔獣によって封鎖されている状態だったのだ。
「補給が全く見込めないという状況を決して兵たちに知られてはならん。脱走兵の発生ならまだしも、下手したら反乱が起こるぞ」
「かしこまりました。それにしても、何とも間の悪いことです。まるで神がこの国に味方しているかのようでございます」
隘路となっている谷を通らなければ、補給はおろか撤退すらできないのだ。そんな絶妙な位置にAランク魔獣が居座るとは、偶然にしては出来過ぎている。
「まさか敵国の策ではあるまいな?」
「悪魔族は調教できません。ゆえにこれは不幸な偶然と見るべきでしょう」
そのアークデーモンがある男の眷属であり、その者の命によって動いているなど、想像だにできないだろう。そう、常識的に考えてあり得ないことなのである。
「とにかく我らの進退を決めねばならぬ。どうすれば良いと思うか?」
王子殿下からの諮問に対して、参謀たちが出した案は以下の通りだった。
1.損害覚悟で大攻勢をかけて、あくまでも王都を落とすことを目指す。
2.すぐに撤退を開始し、件の谷では大軍の力をもってアークデーモンを倒す。
3.ここから南下してゴルドレスタ帝国の領土を通過し、本国へ帰還する。
4.敵軍に東部地域の割譲を条件とした講和を申し込み、同時に食料の購入を打診する。
5.敵軍に降伏し、速やかに武装解除する。
「1番では兵の反乱の発生確率が上がることでしょう。3番の策では、ゴルドレスタ帝国が我が国へ攻め込む口実を与えることになり、亡国の危険性が高まります。5番は論外として、4番もかなり難しいと思われます。ゆえに現実的なのは、2番の策ではないかと愚考致します」
「うむ。その谷を越え、いったん本国まで撤退。その後、態勢を整えて再度侵攻。その谷の東側を支配地域とすることで、谷自体を新たな国境線と成す。これが現実的な策だろうな。懸念事項としては、撤退時の敵軍の追撃だが…」
「もしも追撃があれば、それは野戦の好機です。反転して敵軍を撃滅しましょう」
大軍によってアークデーモンは倒せる。彼らはそのことに微塵も疑いを持っていなかった。
だが、彼らは知らない。メフィストフェレス氏のステータスが特Aランクと言っても過言ではないことに…。
その恐ろしい事実に気づいたのは、実際に彼と戦ってみてからのことだった。




