312 王都防衛戦⑥
敵軍に何の動きも見られないまま、日没を迎えた。どうやら初日の戦闘はこちらの勝ちと言っても良いんじゃないかな?
なにしろ、最大の脅威だったアースドラゴンを倒したわけだからね。
あと、問題は敵に攻城兵器があるかどうかだな。東西南北の四つの門を同時に攻められると、一つくらいは突破される個所が出てくるかもしれない。
そして一つでも門を破られたら、その瞬間こちらの敗北が決まることになるだろう。彼我の兵力差を考慮した場合、籠城戦でしか我が方の勝機は見出せないからね。
「スケさん、カクさん、ギンコさん。戦況はどうですか?こちらの被害状況は?」
東門付近の外壁の上へとやってきたのはイリチャム姫様だった。ちなみに、スケさんとは俺のことで、カクさんはパレートナム課長補佐、ギンコってのはチェリーナさんのことだ。姫様はこの呼び方を随分気に入っているらしい。
なお、姫様の後ろには侍女さんと護衛の女性騎士が控えていた。
この場の指揮官としてパレートナム課長補佐が姫様の質問に答えた。
「初戦は辛勝といったところでしょうか。ただ、こちらの被害は皆無でございます。矢の消耗は激しいですが、問題ないレベルかと…」
かなり控えめな感じの自己評価だな。俺としては、圧勝と言っても過言ではないと思ったんだけど…。
「そうですか。皆さんに怪我が無くて何よりです。どうか明日もよろしくお願いしますね」
姫様はこのあと、東門以外の兵たちの元へも慰問に回るそうだ。かなり大変だと思うんだけど、兵たちにとってみれば士気が上がること間違いない。
俺もそうだけど、この方のためなら死力を尽くすって兵が大勢生まれそうだよ。
なお、(念のためだけど)夜襲への警戒態勢を整えて、交代で休息を取ることになった。もしも俺が敵の司令官だったら、長大な外壁の中でどこか手薄な場所を探し出して、そこからこっそりと王都内へ侵入、内側から門を開け放つという策を採用する。兵たちの警戒が緩む(であろう)深夜にね。
手鉤の付いた長いロープと身軽な兵の組み合わせだったら、もしかしたら成功するかもしれない。
もちろん、国防軍第一部(参謀部)がその可能性を考慮していないなんてことはないから、十分な警戒態勢を取っているとは思うけど…。
・・・
翌朝、何の問題も無く、王都防衛戦二日目を迎えた。
どうやら工作員の夜間侵入も王都への夜襲も無かったようだ。敵軍は正々堂々の戦いをお望みらしい。
…と思っていたら、あっさりと裏切られた。全然、正々堂々じゃなかったよ。
早朝に一騎の軍使がやってきて、口上を述べたのだ。ん?彼の後ろにも誰か乗っている?
「貴国の王族や貴族どもを大勢捕らえている。この者らの命が惜しくば、降伏して王都を明け渡せ。回答期限は一時間後である。なお、貴国の王太子も捕虜となっておるぞ。貴国の賢明な判断を期待するものである」
軍使の後ろには、20歳前後くらいの年齢の女性が乗っていた。その女性が声を上げた。
「お前たち、すぐに降伏しなさい。でなければ、お父様もお母様も兄弟姉妹たちも殺されるわ。良くって?一時間後と言わず、すぐに降伏するのよ!」
焦った口調ながらも偉そうに喚き散らしている様子は、貴族の女性っぽい。
…で、これを聞いたパレートナム課長補佐がぼそっと呟いた。
「降伏しても元・王族は殺されると思うんだがな。ちなみに、あの女は元・王太子の娘の一人だな。はぁ、イリチャム様とは大違いだぜ」
ん?元・王太子って?
疑問が俺の顔に出ていたのが分かったのか、パレートナム課長補佐がこっそりと教えてくれた。
「元・王太子がこの王都を逃げ出した瞬間、国王陛下の命により彼の者を廃嫡、王族としての籍を剥奪し、平民と成すと通達なされたのだ。だから、元・王太子ってわけ。エーベルスタ王国のあんたには秘密にしてたがな」
「それを俺に言っても良かったんですか?」
「ああ、もう秘密でも何でもない。周辺各国にはこの知らせが早馬で届いている頃合いだからな」
あれ?そうなるとこの国の次期国王は?
「ツキオカ殿の予想通りだと思うぜ。俺もチェリーナも兵たちも全員が望んでいるお方だよ」
なるほど。イリチャム・ビエトナスタこそが次期女王ってわけか。というか、この王都にいる王族って、国王陛下以外にはイリチャム様お一人だけだからね。
当然の帰結だろう。




