305 王都防衛戦①
敵軍が王都近郊に迫っているとの急報が入ったのは、それから三日後のことだった。
アースドラゴンを中核とする10万人もの大兵力らしい。
俺たちは王都の外壁に設けられた東西南北四つの門のうち、東門の上に陣取っている。『俺たち』と言ったのは、俺一人だけではないからだ。
「ツキオカ様、敵軍の先頭までの距離、約1kmです。敵の進軍速度は毎時2kmと推測されますので、あと30分ほどでここへ到達することでしょう」
遅い…。おそらくはアースドラゴンの歩く速度に合わせているのだろう。
ちなみに、この報告を上げてくれたのはチェリーナさんだ。彼女は戦闘時の助手として、俺に随伴してくれているのである。俺としても気心の知れた相手なので、この配慮には感謝している。
…っと、馬に乗った騎士が一騎、こちらへと駆けてきた。
「あれはおそらく降伏勧告の使者だろうな。全く舐められたものだぜ」
この発言はパレートナム課長補佐だ。彼が東門守備の特務部隊指揮官として、俺たちを統合指揮することになっている。てか、これは建前だ。エーベルスタ王国の人間である俺が、単独で戦うのはまずいということらしい。
さらに外壁の上には無数の魔術師と弓士が等間隔でずらっと並び、一斉射撃の態勢を整えている。彼らを指揮するのもパレートナム課長補佐の役目となっている。
なお、西門、南門、北門付近の外壁の上、及びそれ以外の個所(門から離れた場所)にも遠隔攻撃手段を持つ人員が配置されている。敵軍が全周包囲の態勢を取って、東門以外の個所から王都への侵入を図るおそれがあるからだ。
ただし、戦力の中核となる歩兵は門のすぐ内側で待機だ。これはこちらの兵数が約5万人であり、野戦では勝ち目がないためである。
「ビエトナスタ王国に告ぐ。我らリュミエスタ王国遠征軍は貴国に対し、無条件降伏を勧告する。速やかに門を開け、我らを招き入れよ。さすれば民衆への危害は加えない。回答期限は一時間後である。それまでに門が開かない場合は、総攻撃を開始するものである」
きちんとビエトナスタ語で勧告してきたよ。…って当然か。
魔法や弓の射程距離内から大声でしゃべっていたんだけど、さすがに軍使への攻撃は躊躇われるようで、パレートナム課長補佐からの攻撃命令は下らなかった。
騎士は言いたいことを言ったあと、すぐに馬首を返して自軍の方へと戻っていった。
「ツキオカ殿、ありゃ、時間を稼いで包囲の態勢を整えようって寸法だろうぜ。おそらく100mほどまで接近したら、南北に分かれて残り三つの門を封鎖するつもりだろう。一人も逃がさないようにな。で、どうする?少数の騎兵でも進出させてみて、軽く一当てしてみるか?」
「いえ、敵軍の実力を把握するという点では無駄にはならないと思いますが、できるだけ犠牲を出したくありません。そうですね…。奴らが200mまで接近したら、アースドラゴンをこいつで攻撃してみましょう。果たしてどの程度通用するのかを確認しておきたいので…」
俺が『こいつ』と言いながら右手で叩いたのはイーサ砲だった。すでに架台の三脚は外壁上にしっかりと固定されているので、いつでも発射可能である。
「そいつは【風魔法】の初級である【ウインドブラスト】を発動する魔道武器なんだよな。200mなんて遠距離じゃ、到底敵には届かんだろ?」
「まぁ、見ていてください。こいつにとって200mが極めて近距離であるってこと…。それがすぐに分かりますよ」
実はパレートナム課長補佐にもチェリーナさんにも、まだイーサ砲の実射を披露していないのだ。二人とも、これが単なる【風魔法】の魔道武器だと思っているんだよね。
これは防諜活動の一環でもある。王都内に敵のスパイがいないとは限らないからね。
このとき俺は今朝の訓示を思い返していた。
軍の中核となる騎士が約500名。徴兵された農民たち、いわゆる雑兵が5万人。サッカースタジアムのように広い闘技場にその全員が集められ、拡声器の人工遺物から流れる声が会場全体に鳴り響いていた。
5万人が注目する先の壇上に立っていたのはイリチャム姫様だった。その隣には国防軍総長もいる。
「私はこの国の王女、イリチャム・ビエトナスタです。ビエトナスタ王国の興廃は、今日の一戦にこそあります。もしも我が国がリュミエスタ王国の支配下に入った場合、国としての主権は失われ、民たちは皆、奴隷となること間違いありません。自らのご家族を守るためにも、皆様の奮闘を期待しております。なお、この王都の防御力は鉄壁です。元々戦いは守備側が有利なのです。懸念であるアースドラゴンに関しましては、他国から来られた私の友人が対処してくださいます。何も心配することはありません。どうか皆様のお力をお貸しください。よろしくお願いします」
そう言って深々と頭を下げたイリチャム姫様だった。
王女様に頭を下げられて奮起しない兵が果たしているだろうか?大歓声が巻き起こり、5万人の士気はいやが上にも高まっていたよ。
俺としても『私の友人』と言われたことがめっちゃ嬉しくて、やる気が急上昇したのだった。
・・・
ノロノロと進軍してくる敵軍の最前列にはアースドラゴンがいた。すでにその姿は肉眼でも確認できるのだが、周りの一般兵(魔術師や弓士)に少なからず動揺が広がっていた。
そりゃ、Aランク魔獣だからね。いや、特Aランク(一般的にSランクとも呼ばれる)のレベルかもしれない。
なお、魔獣の姿は超巨大なアルマジロって感じだった。まさに小山のごとし。違いとしては表皮を覆うのが無数の鱗であるってことくらいだな。うん、爬虫類っぽいよ。
俺は(まだ距離はあるものの)【鑑定】を試してみた。その結果が以下の通り。
・種別:アースドラゴン
・種族:龍族
・スキル:
・耐鑑定 67/100
・状態異常耐性 166/200
・魔法抵抗(鱗) 182/200
・魔法抵抗(鱗以外) 83/100
・炎息吹 175/200
・突進 81/100
【魔法抵抗】のスキルレベルを見ると、初級・中級・上級魔法の全てが100%の確率で抵抗されてしまうことが分かる。こんなの(魔法防御に関しては)鉄壁じゃん。
ただし、鱗に覆われていない個所については、上級魔法ならば確実に通用するみたいだ(目に見える範囲でそんな個所は見当たらないが…)。
あと【炎息吹】ってのが、いわゆるブレスのことだろう。めっちゃスキルレベルが高いよ。この数値は威力と射程距離に関わってくるらしい(詳細は不明みたいだけど…)。
ただ、ここまでは想定通りとも言える。
問題は【突進】だな。ミノタウロススカウトも持っていたけど、高速で体当たりをぶちかましてくるスキルだと思う。アースドラゴンの巨体で門扉へ【突進】されたら、おそらく一撃で破壊されてしまうのではないだろうか?絶対に王都への接近を許しちゃダメだな。【突進】の際の速度がどのくらいなのか?それも問題なんだけどね。
ここに水堀と跳ね橋があれば、空を飛ぶことができないアースドラゴンの【突進】を防げるのに…。まぁ、無い物ねだりをしても仕方ないけど。
あとは鱗の強度が如何ほどなのか?…だよな。果たしてイーサ砲の鉄製の砲弾で鱗を貫通することができるのだろうか?
その疑問の答えを知る機会は、刻一刻と近づいてきたのであった。




