302 王都を遠望
デルトの街は素通りした。本当は冒険者ギルドのデルト支部に立ち寄って、支部長であるバッツさん、副支部長のハルクさん、創薬部門長のイーリスさんにも会いたかったけどね。あと、アイーシャ・デルト準男爵にも来訪の挨拶をしておきたかった(まぁ、今の俺は平民のスケさんなので、会わなくて正解だったのかもしれない)。
国境検問所についても問題なく通過することができた俺たち。そりゃ偽造ではない正規の身分証(商業ギルドの会員証)だからね。名前は偽名だが、会員証自体は本物なのだ。
そして、ビエトナスタ王国の最西部、国境の街へと到着した。今日はこの街の宿屋に泊まるのである。
ハッチさんが従者らしい仕事っぷりで、宿泊の手続きをしていた。どうやら五人分の部屋は確保できたようだ。
幌馬車とそれを牽く馬たちの世話についても宿の馬丁に頼んで、あとは夕食の時間まで自由時間となる。とは言っても護衛なので、お嬢様のお側を離れることはできないけどね。
ちなみに、いつもの雰囲気を知らないから何とも言えないけど、街中は若干騒めいているような印象を受けた。王都方面からの避難民たちが来ているのかもしれない。
宿屋の一階は食堂になっていて、宿泊客だけでなく食事のみの客も受け入れていた。
俺たちは五人全員で一つのテーブルに座り、ビエトナスタ王国料理を楽しんだ。俺以外の四人にとっては故郷の味だろうが、俺だけは初めてのビエトナスタ王国料理だよ。
あ、ミトお嬢様にとっても、初めての庶民料理なのかもしれないね。なにしろお姫様だから。
俺たちのすぐ隣のテーブルには、冒険者らしき四人組の男たちが座って酒を飲んでいた。剣や防具といった装備品からそう判断したのだ。
念のため、【鑑定】してみると四人ともCランク冒険者だった。やばいな。例の1億の依頼はまだ有効らしいんだよね。
さっきからチラチラと俺たちのテーブルの方へ視線を投げかけている。いや、ミトお嬢様とハッチさんへの視線と言うべきか。やはり少しだけでも変装してもらうべきだったかな。
「よぉ、そっちの二人の女は指名手配されている窃盗犯じゃねぇのか?」
ついに一人の男が俺たちに話しかけてきた。酒は飲んでいるが、そこまで酔っぱらっているわけでもなさそうだ。
「こちらのミトお嬢様はある商会の跡取り娘で、俺たちのご主人様だ。変な言いがかりは止してもらおう」
最年長であるカクさんが代表して対応していた。
「あぁ、すまねぇな。手配書に書かれてた人相がそっくりだったもんでよ。それよりもあんたら、国境を越えてエーベルスタ王国へ行くつもりかい?」
「いや、逆方向であるこの国の王都を目指しているのだが…」
冒険者の男たちはカクさんの言葉を聞いて、血相を変えた。
「悪いことは言わねぇ。そいつは止めといたほうが無難だぜ。あっちは戦争がおっ始まるってんで、かなりの数の人間が逃げ出しているからな。いの一番に逃げ出したのは貴族たちらしいけどよ」
「貴族というのは自ら剣を取って民衆を守るべき存在じゃないのか?」
思わず言った俺の言葉に、男たちは全員苦笑していた。
「そんなわけねぇだろ。どこの国のおとぎ話だよ。奴らは自分の身が一番、次が家族、三四が無くて最後が家臣ってところだぜ。領民のことなんか、家畜くらいにしか思ってねぇよ」
民衆が抱いている貴族への印象ってこういうものなのか。領地を持たない法衣貴族である俺だけど、少し耳が痛いよ。
・・・
翌日の幌馬車の中ではこういう会話が交わされた。
「王都方面の情勢が知れて良かったですね。貴族たちが逃げ出しているというのは、この国の王族として恥ずかしく思いますが…」
ミトお嬢様の言葉にギンコが疑問を呈した。
「王族の方々はどうなされているのでしょう?特に国王様はそのご病状により、ベッドから動くことができないとお聞きしておりますが…」
これにはハッチさんが答えてくれた。
「陛下がこの国を見捨てることは絶対にありません。もしもお元気であれば、最前線に立って兵を鼓舞することでしょう。そして、その御気質を受け継がれているのがミトお嬢様なのです」
なるほど。せっかく安全な他国へ逃げることができたのに、またこの国へ舞い戻ってきたミトお嬢様の行動力。
それを考えると、彼女が人の上に立つ資質を持っているのは間違いないと思うよ。俺としても、仕えるんだったらこういう人に仕えたいと思うしね。
なお、王都へ近づいていくたびに、混乱の度合いが徐々に深まっていった。難民らしき人々の姿を多く見かけるようになってきたのだ。
こうしてリブラの街を出立してから三週間後、ようやくビエトナスタ王国の王都がうっすらと見えてきた。なんとか間に合ったのだろうか?(まさかすでに占領されているなんてことは無いよな)
なお、余談ではあるが、ここまでの道のりで水戸黄門的イベントは全く発生しなかった。訪れた街の悪徳商人や悪いお代官様を懲らしめたり、若い善良な女性を悪漢の毒牙から守ったりといった出来事は起こらなかったのだ。いや、おそらく悪人はこの国にも存在しているとは思うんだけど、他国から攻め込まれているこの情勢下では碌な悪事もできないってことだろうね。せっかく考えた嘘設定だったのにちょっと残念…。




