301 リブラを出立
俺たち五人はリブラの街を出立する前に偽の身分証を作っておくことにした。商業ギルド(商工会みたいなもの)リブラ支部の支部長さんにアインホールド伯爵様の口利きでお願いしたのだ。
なぜ偽の身分証が必要なのか…。エーベルスタ王国からビエトナスタ王国への国境越えとビエトナスタ王国内での活動には、王女(イリチャム様)とその侍女(マーヤさん)、軍人(パレートナム課長補佐及びチェリーナさん)や他国の貴族(俺)という本来の身分では、何かと不都合が生じるためである。
ビエトナスタ王国のとある侯爵家から冒険者ギルドへ出されているイリチャム姫捕縛依頼の件もあるしね。
で、俺が考えた設定はこうだ。
俺たち五人はある商会のお嬢様とその護衛であり、見聞を広めるために旅をしている。
商会名はミーツクニ商会、お嬢様のお名前はミト様、お付きの従者はハッチさん、護衛はスケーデルとカクタス、そしてギンコの三人だ。
つまり、配役は以下の通り。
・イリチャム王女 → ミトお嬢様
・マーヤさん → ハッチ
・俺 → スケーデル
・パレートナム氏 → カクタス
・チェリーナさん → ギンコ
もうお分かりいただけただろうか。水戸のご老公一行だ。
全員が平民(という設定)であるが、商人の場合は屋号を名前の後ろに付けることもあるので、ミトお嬢様は『ミト・ミーツクニ』となる(笑)
ちなみに、俺はスケさん、パレートナム課長補佐はカクさんと呼ばれることになるわけだね。
いや、偽名を考えるのが面倒くさかっただけなのだ。
「ミトお嬢様、ハッチさん。今後はこの嘘設定の順守をお願いします。カクさんとギンコも頼みますね。あ、俺のことはスケさんと呼んでください」
「分かりました。スケさん、カクさん、ギンコさん、それにハッチ。皆、よろしくね」
笑顔で全員を見渡したミトお嬢様(イリチャム姫)であった。てか、なんだか少し嬉しそうだ。こういうのが好きなのかもしれないね。
この設定を披露した場では、ナナとイザベラの二人だけが何とも言えない表情になっていたのが印象的だったよ。
二人とも水戸黄門をご存知のようです。てか、普通の日本人なら絶対に知ってるよな。
「お兄ちゃん、いえ、スケさん。ご老公…じゃなかった、お嬢様をしっかり守ってあげてね」
「お銀…じゃなくて、ギンコの入浴シーンを覗くなよ」
…って、おい!
イザベラの発言を受けて、ギンコ(チェリーナさん)が痴漢を見るような目で俺を見たのだが、ちょっと納得いかない。いくら彼女が美人でも、勝手に風呂場を覗いたりはしないっつーの。てか、助さんがお銀の入浴を覗いた場面なんて無かったはずだぞ。
なお、エーベルスタ王国では風呂はあまり普及していないが、ビエトナスタ王国では割と一般的なものらしい。それもまた楽しみの一つではある。
ちなみに、このときサガワ君たちニホン人三名はすでにゴルドレスタ帝国へ向けて旅立っていたので、アインホールド伯爵家の屋敷にはいなかった。
良かったと言うべきか、残念と言うべきか。
・・・
あまり目立たない幌馬車を伯爵様にお願いして用意してもらい、それに乗って移動することになった俺たち。
御者については俺とカクさん(パレートナム課長補佐)が交代で務める。というか、二人とも【操車術】のスキルを持ってないんだけど、一応は馬車を操ることができるのだ。
「お兄ちゃん、気を付けて…。死んだりしたら許さないんだからね」
出立の日、心配そうにそう言ったナナの頭を軽く撫でてやった。首を傾げて猫のように目を細めている可愛い妹を見て、かなり癒された俺だった。
「大丈夫。絶対に生きて帰ってくるから心配するな。それに今回は通信魔道具もあるからね。できるだけ毎日、イザベラに定時連絡を入れることにするよ」
そう、以前ゴルドレスタ帝国へ行ったときとは違い、今回は連絡手段があるのだよ。まぁ、毎日連絡できるとは限らないけど…。
そのイザベラからも餞の言葉をかけてもらった。
「こっちのことは心配するな。勇者たちはいなくなったが、エリを始めとしてここに残った戦力は十分過ぎるからな。後顧の憂いなく、向こうで存分に暴れてこい」
「ああ、イザベラもあまり無理するなよ。エリさん、イザベラのことをよろしく頼みますね」
「お任せください。ツキオカ様のご武運をお祈り申し上げます」
さらに、アンナさん、サリー、オーレリーちゃん、ユーリさん、マリーナさん、サーシャちゃんといったツキオカ男爵家メンバーからもエールを送られた。
あと、伯爵様、エイミーお嬢様、アキさんといったアインホールド伯爵家メンバーからも。
「スケさんは皆様から慕われているのですね。お人柄の良さがよく分かります」
幌馬車が屋敷の敷地内から出た直後、後ろの荷台に座るミトお嬢様が御者を務める俺へと背中越しに話しかけてきた。ここからはビエトナスタ語での会話となる。
「ええ、俺にはもったいないほどの素晴らしい仲間たちです。彼女たちの期待に応えるためにも、リュミエスタ王国軍をさくっと撃退してこの戦争を終わらせたいですね」
かなり傲慢に聞こえるセリフではあるけど、それを成すことができると、俺はそう確信しているよ。うん、大丈夫。為せば成る!




