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300 戦況分析 ~第三者視点~

 ビエトナスタ王国の王太子殿下は、彼しか入ることのできない寝室で一人(あせ)っていた。

「やばい。これはやばいぞ。報告にあったが、調教(テイム)された魔獣によって国境砦は容易(たやす)く落とされたらしい。しかも、攻め込んできた軍勢はおよそ10万というではないか。これは我が父であっても、勝つのはさすがに無理であろう。さらに言えば、この王都を決戦の地とするなど愚の骨頂である。これでは、いざというときに逃げられぬではないか」

 ブツブツと独り言を(のたま)う王太子殿下の顔は、次第に追い詰められた表情へと変わっていった。


 ・・・


 その頃、王城の執務室では国防軍総長が部下たちに指示を飛ばしていた。

 リュミエスタ王国の侵攻開始からほとんど睡眠を取れていない。短時間の仮眠は取っているものの、決して十分ではないのだ。彼の顔貌(がんぼう)には疲労の色が濃く浮き出ていた。

「ドラゴンの種別はアースドラゴンだったのか。空を飛べぬ上、移動速度も遅い奴だな。これは朗報と言っても良いのか?」

 アースドラゴンは地龍とも呼ばれ、10mを超える巨体を四本の太い脚で支えている。羽は無く空を飛ぶことはできないが、その巨体から繰り出す体当たりはその質量を考えるとかなりの脅威である。

 また【ブレス】というスキルにより、口から火炎弾を吐くことも可能なのだ。したがって、近接攻撃のために接近するのは至難の(わざ)だ。たとえ接近できたとしても、その身体を覆う(うろこ)はその一枚一枚が亀の甲羅のように強靭であり、剣や槍、弓矢等の物理的な攻撃を通さない。

 なお、攻撃魔法を被弾した場合であっても、(【魔法抵抗】スキルのレベルが高いため)初級と中級の魔法は抵抗(レジスト)されてしまうのである。


 作戦立案部門である第一部の部長が総長からの質問に対して返答した。

「いえ、同じAランク魔獣であってもグレータードラゴンのほうが余程マシでした。アースドラゴンの防御力を(かんが)みるに、ほんの僅かでも傷つけることは(かな)わないかと…」

「だが、足は遅い。王都決戦の時期は()の魔獣の移動速度から算出したのだろう?」

「はい、その通りです。しかし、早かろうが遅かろうが関係ありません。どうにも勝ち筋が見えないのです」

「国防軍に所属する魔術師の中には上級の攻撃魔法が使える者もいたはずだが?」

「有効射程距離まで接近することができません。近づけば【ブレス】の餌食(えじき)になるだけです」

 【ブレス】の射程と攻撃魔法の射程はほぼ同じなのだ。どちらも30mほど、いや【ブレス】のほうが少し長いくらいである。


「結局、人海戦術で包囲殲滅するしかないのか。多くの犠牲者を出すのは間違いないな」

「いえ、リュミエスタ王国軍の兵力は我が方の二倍です。アースドラゴンに対する包囲を許すはずがありません」

「それでは補給面はどうだ?巨体を維持するために必要な餌は、かなりの量になるのではないか?」

「それもまた、現在のたわわに実った小麦のおかげで心配ないのです。アースドラゴンは草食であり、だからこそ今の時期の侵攻開始だったのでしょう」

 刈り入れ前の冬小麦がアースドラゴンの補給に関する懸念を払拭しているのだ。敵軍の参謀は嫌らしいほどの智謀をめぐらす者のようである。

 総長も第一部長も頭を抱えるしかないという状況に(おちい)っていたのであった。


 ・・・


 場面はリュミエスタ王国遠征軍に移る。

 その軍を率いているのは国王陛下直系の王族であり、陸軍大佐の地位にある若者だった。20歳(はたち)そこそこという若年でありながらも階級が高い理由は、単純に彼が第三王子であるからにすぎない。

 遠征軍内には指揮官クラスとして少将や中将等、将軍たちも在籍しているのだが、一介の大佐が彼らに命令を下し、指揮を()る様は(軍の命令系統を考えると)異様である。


「王子殿下、進軍は極めて順調でございます。ビエトナスタ王国軍は後退に次ぐ後退で、もはや瓦解していると言っても過言ではありません」

「だが、アースドラゴンの進軍速度に合わせると、かなり遅くてイライラするな。いっそのこと兵だけを急進させることによって、一気に敵国の首都を攻略してみるか?」

「いえ、安全策を採りましょう。時間はかかっても当初の作戦案が最適でございます」

 側近である参謀が王子の電撃戦の提案に異論を呈したこと、これこそがビエトナスタ王国と彼らの運命を決定づけたターニングポイントだったと言えるかもしれない。


「しかし、奴らの脆弱っぷりには笑えるな。遠征開始からわずか一か月で奴らを降伏に追い込めるだろうよ。降伏文書に調印させたあとは、王族と貴族連中を皆殺しにして、我が国の王族がこの地を統治することにしよう。いや、俺がこの地に建国し、新たな王になっても良いな」

 こういう発言を聞く限り、この王子殿下があまり頭の良い人物ではないことがよく分かる。降伏させた相手を根絶やしにして、いったいどうするつもりなのだろう。

 あくまでもお飾りの指揮官なのだが、それでも遠征軍の最高権力者である。部下の立場としては、彼をうまく操っていくしかない。


「一つ懸念があります。王子殿下のご決済をお願い致したく…」

「うん?申してみよ」

「アースドラゴンの補給は問題ないのですが、兵士たちの食糧は現地での略奪、いえ徴発(ちょうはつ)を予定しておりました。しかしながら、この地の(たみ)はすでに逃散(ちょうさん)しており、食料品はおろか宝石や魔石、魔道具などの換金可能な物品も残されておりません。略奪を楽しみにしていた兵たちの不満は(つの)るばかりであり、食料品の配給量を制限したことによる飢えも懸念事項となっております。10万という大兵力が、逆に補給逼迫(ひっぱく)を招いているのです」

「俺の決済とは?」

「はっ。本国にて大規模な補給部隊を急ぎ編成して、この遠征軍に追随させるようにご命令を下していただきたく、よろしくお願い申し上げます」


 参謀の提言を聞いた王子殿下は渋面を作ってこう言った。

「ダメだ。敵の首都を落とし、入城すれば良いだけの話だ。首都であれば食料品も、略奪できるような価値ある品々も豊富にあることだろう」

 本国の助けを借りることを良しとしない、そういうプライドの高さが招いた発言だった。

 進言した参謀としても、補給部隊が無ければ軍が瓦解するというほど逼迫(ひっぱく)した状況ではないため、それ以上強くは主張しなかった。それが失敗だったことに気づくのは、もう少し先の話である。


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