294 戦士王の憂鬱 ~第三者視点~
ビエトナスタ王国の王は若かりし頃にその武名を近隣諸国に轟かし、戦士王ともあだ名されていた。
その優れた戦略・戦術眼により、この国を他国の侵略から見事に護り切ったのだ。
また、他国に先駆けて(戦術指揮の)士官学校、(作戦・戦略指揮の)国防軍大学校、さらに(諜報専門部署である)国防軍第二部を設立し、教育と諜報の重要性に着目した英明な王として、その名を馳せている。
なお、この国の次代の王となる自らの後継者にしても、内政に優れた王子の一人を王太子に指名しており、すでに国政のほとんどを彼の者に任せている。惜しむらくは、この王太子には軍事的な才能が皆無であったことくらいであろうか。
「そうか…。イリチャム姫は逃げおおせたか」
第二部第三課の諜報員からエーベルスタ王国の動向を報告させた王は、ベッドの中で嘆息した。すでに起き上がる気力も体力も残っていない。高齢と病により、自身の命が残り少ないことを自覚している王であった。
別の諜報員が王の近くへと進み出た。
「第一課からもご報告申し上げます。リュミエスタ王国ではドラゴンテイマーが誕生した模様です。すでにドラゴンの調教は最終段階まで進んでおり、それが軍と共に我が国の国境までやってくるのは時間の問題となっております」
「我が国以外へ侵攻する可能性は?」
「ゼロではありません。しかし、我が国への侵攻確率は90%ほどであると国防軍第一部では考えております」
「やはり、人質の派遣要求は開戦の口実を作るためであったか…」
可愛い孫の一人をみすみす殺させるようなことにならず、その点では安堵した王であった。
余談だが、国防軍第一部は参謀部とも呼ばれ、作戦の立案と指導を行う部署である。
「ドラゴンの種類は判明しておるのか?」
「さすがに防諜体制が厳しく、そこまでは…。ですが、ドレイクやワイバーンなどではなく、グレータードラゴン以上ではないかと推測しております。ただ、さすがにエンシェントドラゴンはあり得ないかと…」
ドレイクはBランク魔獣、ワイバーンはCランク魔獣である。これらの魔獣であれば、実力のある冒険者ならば討伐可能だ。
だが、グレータードラゴンともなれば、それはAランク魔獣であり、軍の力をもってしてもその討伐にはかなりの犠牲を覚悟せねばならない。なお、エンシェントドラゴンは特Aランク、すなわちAランクを超えるものであり、ただの人間が太刀打ちできるような魔獣ではない。
「魔道武器の準備はどうなっておる?」
「はっ、王太子殿下の命により、削減されております。魔石の準備状況もいささか心もとないかと…」
「やはり、あの者を王太子に選定したのは間違いであったか。国防に対する意識が低すぎるのだ」
王の諮問に答えたのは側近の中年男性であり、イリチャムの国外脱出に協力した者でもある。
本来ならば宰相の位に就いていてもおかしくないほどの家柄と能力を持つのだが、進んで王の側近(秘書的な位置付け)という立場に甘んじているのだ。
「第二部からの報告は王太子にも行っているのであろうな?」
「もちろんでございます。ただ、軍の動員に関しましては、特にご指示はございません」
「人質さえ差し出せば、開戦を避けられるとでも思っておるのだろう。仮に人質を送り出しても、国境を越えた瞬間にその姿が消え失せるだろうよ。もちろん、彼の国による拉致でな。そして、人質が送られてこないと難癖を付けてくるに違いない。ふっ、余であれば間違いなくそうするしな」
苦い笑みを浮かべる王であった。
「とにかく、軍の中核は農民だ。向こうも農閑期にならないと攻めてはこないだろう。それまでにこちらの動員準備を密かに進めておくよう、宰相に伝えておけ。ああ、王太子には秘密にせよ。知れば、あれが邪魔をしてくる未来しか見えぬわ」
「承知しました。御心のままに」
たったこれだけの会話で、すでにかなり疲労している。自ら最前線に立つことさえできれば、決して負けることはないのだが…。そう、心の中で嘆息する王であった。




