293 陛下との通信
正午の応接室、この場に存在しない男性の声が響いていた。
「グレゴリーであるか?余の声が聞こえるだろうか?」
グレゴリーってのはアインホールド伯爵様のお名前だ。
「まさか、本当に陛下なのですか?こっそりとお忍びでリブラへ来ているということはないでしょうね?」
「ふっ、そんなことをすれば王妃と宰相に殺されるわ。余がいるのは王城であるぞ」
伯爵様とエイミーお嬢様、あとイリチャム様や侍女さんの驚く顔にデジャブーを感じる。通信魔道具を最初に見たときって、俺の仲間たちもこんな顔をしていたよ。
一回の通信時間が100秒と短いため、魔石カートリッジを複数回に渡って交換しながら、約20分の通信を行った。
もちろん、イリチャム様のことを報告したのだ。
「姫を匿う判断については余も追認しよう。いや、そちとサトル君であれば、それ以外の判断はできまいて。実に甘いことよ」
いやいや、陛下も割と甘いよね。まぁ、我が国がそれだけの国力を持っているからというのもあるのだろうけど。
それに『窮鳥懐に入れば猟師も殺さず』だよ。助けを求める人を無視することはできません。
「問題はサトル君の参戦契約だな。もしもビエトナスタ王国が他国の侵略を受けるようなことがあれば、サトル君は防衛戦闘に限り参戦の義務を負う。これは違えることのできない約束である」
この事情を知らない人たちにはあとで説明しないとな。実はニホン人三名にも内緒だったのだ(気を遣わせたくなかったので)。
「開戦した場合、それほど日を置かずに王宮へ参戦要請が入ることでしょう。私個人に対してはもちろんですが、国そのものに対しても要請があるかもしれませんね。もちろん、国としての参戦義務はありませんが…」
俺のこの発言に対して、陛下はこう言った。
「ああ、我が軍の派遣は絶対にあり得ない。軍事同盟や安全保障条約を結んでいるわけではないゆえな。ただ、サトル君、いやツキオカ男爵にはイーサ砲の使用許可を与えるものとする。これは余の独断ではあるが、最終決定でもある」
ん?それはありがたいけど、穿った見方をすれば、イーサ砲が対人戦闘でどれほどの威力を発揮できるのか、その検証機会を見逃さない。そういう風にも聞こえるよ。
「そのイーサ砲というものの実射を私にも見せていただきたく、ご許可をよろしくお願い奉ります」
「うむ、必要最小限の人数に厳選することを条件に許可する。これは国家機密でもあるゆえな」
伯爵様と陛下の会話だ。
なんだか大事になってるよ。この武器って、技術的検証作業が楽しくて、イザベラや鍛冶師のオウカさんと共に作り上げただけのものなのに…。
・・・
この日の午後、伯爵家の誇る騎士団の訓練所にて、イーサ砲の射撃訓練を実施した。
参加者は、アインホールド伯爵様とエイミーお嬢様、イリチャム様とお付きの侍女さん、そして俺の仲間たち12名だけだ。初見じゃないのは俺のほかにイザベラとエリさんだけなので、16名中14名は新兵器への期待で目を輝かせていたよ。うん、きっと期待に応えることができると思う。
ちなみに、エーベルスタ王国の国家機密なのに、ビエトナスタ王国やゴルドレスタ帝国の関係者に見せるのは果たして大丈夫なのだろうか?俺はそう思ったんだけど、伯爵様が許可してくれたので大丈夫なのだろう。
一辺が200mの正方形の訓練所は、その対角線を使っても最大で280mほどの長さしかない。
ただ、長距離射撃性能を見せることも無いよな。結局、イーサ砲の砲架を固定した位置から的までの距離を100mと設定した。
それでも弓矢や魔法の有効射程距離を考えれば、かなりの長距離なのだ。
射撃準備を終えた俺はコッキングレバーを引いて初弾を装填した。
「それでは撃ちます」
火薬式大砲のように轟音が鳴り響くことも無く、極めて静謐に発射された20mm砲弾は狙い過たず的を破壊した。なにしろ近すぎるからね。初弾命中は必然です。
しかも、魔法のように飛翔する様が見えることも無く、一瞬で的へと到達したのだ。いや、的が砕かれたことで到達したと推測できるだけであり、撃ち出された砲弾は目視確認できないんだけどね。
全員の口が半開きになっていて、ちょっと面白い。
「お兄ちゃん、これはヤバいよ。火薬を魔法で代替したんだね。それにしても、イザベラちゃんとこそこそ悪巧みしていたのが、これだったとは…」
ナナはさすがに前世の知識があるから、それほど衝撃を受けてないようだ。てか、『火薬』という言葉を使わないようにしてくれ。
「ツキオカ殿、これは戦争の形態を一変させる発明になるぞ。騎士も雑兵も遠距離から一方的に蹂躙されるだけではないか。対抗手段としては、【魔法抵抗】スキルで抵抗するしかないだろう。幸いなことに、これは初級魔法なのだろう?」
「はい、使用しているのは初級魔法です。しかしながら、【魔法抵抗】スキルによって抵抗することはできません。これは魔法攻撃ではなく、物理的な攻撃なのです」
伯爵様が絶句してしまった。
「師匠、これって弾が頭か心臓に当たったら即死だよな。治癒魔法をかける暇もなく…」
「まぁな。飛翔速度は音速の約3倍、砲弾の直径は20mmだ。炸裂弾じゃないけど、砲弾の運動エネルギーだけでドラゴンですら倒せると思うぞ」
「やっぱ、師匠はすげぇな。帝国に戻ってからの話だけど、もしもエーベルスタ王国と戦うような気運になった場合、俺は絶対に反対するぜ」
「わ、私も反対します。ツキオカさんって、ナナさんの言う通りヤバいです。マッドサイエンティストです」
サガワ君の感想はともかく、ホシノさんの感想は酷いな。俺はマッドじゃないぞ。え?だよね?
このあと、全員がイーサ砲の射撃を体験した。
操作方法のあまりの簡単さにも驚いていたよ。
余談だけど、王立砲兵工廠設立についての話はしなかった。さすがにあれは国家機密すぎる。




