290 賢者へのコーチング
困った…。この子と侍女さんをどうすりゃ良いんだ?
俺の正体を明かして、もっと詳しい事情を訊き出すべきか…。
ただ、アインホールド伯爵様のことを極悪非道とか言っちゃってるしなぁ。そっちの誤解も解かないといけない。
あと、本来の目的地であるタロン魔装具店にもまだ行けてないのだ。
「サトルさん、とりあえず一つずつ解決していきましょう。まずはサトルさんとナナさん、お二人はニホン人の方たちと一緒にタロン魔装具店へ向かってください。残りのメンバーはチャム様と侍女の方を連れて、いったんは屋敷へ戻ることに致しましょう」
アンナさんがこの場を仕切ってくれた。まじでいつも助けられてばかりだな。
「私とエリもその魔装具店へ行くぞ。良いよな?」
「イザベラ様…。まぁ、仕方ありませんね。サトルさんもそれで良いでしょうか?」
結局、ナナ・イザベラ・エリさん・サガワ君・ホシノさん・クロダ先生・俺の七人と、アンナさん・サリー・オーレリーちゃん・ユーリさん・マリーナさん・サーシャちゃんの六人に分かれて行動することとなった。
「アンナさん、この二人をよろしくお願いします」
「お任せください。あ、正午までには屋敷へお戻りくださいね」
そう、通信魔道具による国王陛下との通信があるからね。
こうしてチャム様と侍女さんをアンナさんたちに託し、俺たちはタロン魔装具店へと向かった。てか、現在の地点から徒歩10分くらいの距離だった。
見覚えのある店構えを見て懐かしく感じていると、イザベラが話しかけてきた。
「ここへ来たのは魔装具を買うためじゃないんだろう?そろそろ目的を教えてくれても良いんじゃないか?」
「さすがはイザベラ、良い勘してるな。まぁ、とりあえずは店の中へ入ろう。詳しくは中で説明するよ」
俺たち七人がぞろぞろと店内に入ると、すぐにタロン氏が店の奥から出てきた。
「いらっしゃいませ。お久しぶりでございます。はじめましてのお客様もいらっしゃいますな。私、店長のタロンと申します。どうぞよろしくお願い申し上げます」
以前ここで6000万ベルもの買い物をしたせいだろうか、俺とナナの顔は覚えていたみたいだね。
「タロンさんにお願いがあるのですが、総スキル上限を計測できる人工遺物を使わせていただけないでしょうか?」
俺の言葉を聞いて、ナナとタロン氏以外の全員が驚愕の表情になっていた。
「もちろん構いませんよ。すぐにご用意しますので少々お待ちくださいませ」
こうして(俺とナナ以外の)全員の計測が終わった。その結果が以下の通り。
・イザベラ :970
・エリさん :790
・サガワ君 :920
・ホシノさん:820
・クロダ先生:960
タロン氏がこれら異常な数値に驚いていた。総スキル上限は700~800の間と言われているからね(一応、エリさんだけが一般人の枠内だ)。
転生者のイザベラと転移者のニホン人三名はちょっと異常だよ。
ナナは(以前計測して)950だったのだが、イザベラとナナには二つの共通点が見受けられる。
一つは転生者であること。
もう一つは両名とも【状態異常耐性】と【アイテムボックス】の二つを俺が【コーチング】したことだ。
これは仮説なんだけど、俺が【コーチング】したスキルって、総スキル上限の適用外になるんじゃないかな?つまり、元々イザベラの総スキル上限は770だったのに、俺が二つのスキルを【コーチング】したせいで200アップしたのでは?(ナナも同様に、元々は750だったのかもしれない)。
これを検証するのは簡単だ。この場でニホン人の一人に何らかのスキルを【コーチング】し、再び総スキル上限を計測してみれば良い。
全く同じことをナナも考えたのか、こう発言した。
「お兄ちゃん。私とイザベラちゃんの総スキル上限が高いのは、お兄ちゃんの【コーチング】のせいじゃないかな?ちょっとアカリちゃんに【コーチング】してみてよ」
「ああ、ホシノさん。君に【アイテムボックス】を【コーチング】しても構わないかな?」
俺はホシノさんの耳元に口を近づけ、小声で囁いた。タロン氏には聞こえないようにね。
「え?もちろんです。ぜひお願いします」
まさか俺が【アイテムボックス】を【コーチング】できるとは思っていなかったのだろう。かなり驚いていたよ。
…で、結論から述べると、失敗した。いや、失敗というか、そもそも【コーチング】自体ができなかったのだ。サガワ君にも試してみたけど同じだった。
転移者同士では【コーチング】できないのかもしれない。
きっとダメだろうなと思いつつもクロダ先生にも試してみた。と・こ・ろ・が、これが何と成功してしまったのだ。あれ?クロダ先生は一切【コーチング】を受け付けないって話じゃなかったっけ?
気を取り直して、もう一度クロダ先生の総スキル上限を計測してみたんだけど、(予想通りというか)960だったはずの上限が1060にアップしていたよ。
・名前:サチ・クロダ(黒田 沙智)
・種族:人族
・状態:健康
・職業:賢者
・スキル:
・言語翻訳 95/100
・鑑定 93/100(+1)
・耐鑑定 96/100
・アイテムボックス 33/100 ←ここに注目!
・魔法抵抗 94/120
・隠蔽 90/100(+1)
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・火魔法 0/110
・水魔法 0/110
・風魔法 0/110
・土魔法 0/110
なお、()内の数値は以前記載したときからの増加分だ。
ナナやイザベラのときは【コーチング】直後の初期値が60~70の間だったのに、クロダ先生の場合は30~35の間という一般的な値だった。
まぁ、それでも俺が彼女に【コーチング】できるということが分かっただけでも朗報だろう。将来、魔法も習得できるってことを意味してるからね。
あと、クロダ先生が勇者パーティーの中で荷運び人としての役割を担うことができるようになったのも良かったと思う。時間経過あり(スキルレベル50未満)だけど…。
とりあえず、俺からの【コーチング】可否をまとめておくとこうなる(カッコ内は初期値)。
・この世界の住人 … OK(30~35)
・ナナ、イザベラ … OK(60~70)
・サガワ君、ホシノさん … NG
・クロダ先生 … OK(30~35)
なぜこうなるのか、理由はさっぱり分からないけど、検証結果がこうなのだから仕方ない。そういうものだと思うしかないだろう。
てか、『神的な存在がそう設定したのだ』としか言いようがない…。聞けば納得できる理由があるのかもしれないけどね。
ちなみに、クロダ先生への【コーチング】のためにも、できるだけ早く俺の魔法系スキルを100以上にしたいんだけど、あと3~4年はかかりそうだよ。
まぁ、焦っても仕方ないんだけどね。




