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289 逃避行② ~第三者視点~

 依頼掲示の三日後には受注希望パーティーが現れた。

 男性五人で構成されているCランクパーティー『餓狼(がろう)』だった。構成メンバーはCランク二人、Dランク三人で剣による物理的戦闘力のみの集団だった。

 できれば女性、もしくは魔術師が加わっていれば良かったのに…。そう思った侍女は彼らの人相にも懸念を抱いていた。

 魔獣討伐という殺伐とした仕事に従事していると、こういう顔になるのだろうか?いかにも悪人のような風貌だった。

 さらには、二人を嫌らしい目つきでじろじろと見てきたのだ。特に、自分の胸の(ふく)らみを凝視する視線には閉口した。


 もう少し待てば、もっとマシなパーティーが現れるかもしれない。しかし、彼女たちにとって追手の存在は常に脳裏にある。できるだけ早く王都へ向かいたいのだ。

 結局、背に腹は代えられず、この『餓狼』に護衛を依頼した。

 なお、移動自体は乗合馬車を使う。そこには他人の目もあるので、変なことはしてこないと確信している侍女だった。


 ・・・


 デルトを()って三日後、次の街リブラに到着した。ここは悪名高きアインホールド伯爵の治めるアインホールド領の領都でもある。

 イリチャムと侍女は少し高級な宿屋へ、『餓狼』の五名は安めの宿屋に入った。

 なお、ここまでは護衛としての責務をしっかりと果たしてくれているので、『人を顔で判断してはいけない』と侍女は内心で反省していた。

 そして、『餓狼』のリーダーだけが冒険者ギルド『リブラ支部』へと向かった。訪れた街に何か面白い依頼が無いかを確認するのは冒険者の本能でもある。

 ただ、ここで一枚の依頼書を掲示板の中に発見したことが、彼ら『餓狼』の運命を狂わせることとなった。


「おい、まじかよ」

「ああ、詳しい容姿が書かれていたんだが、どう考えてもあの二人っぽい」

「でも、もしも間違ってたらどうする?」

「そんときゃ、犯したあとで口止めしときゃ良いんじゃね?」

「なにしろ1億だかんな。まじで運が向いてきたぜ。一人頭2千万ってことか。冒険者を引退しても良いくらいの額だな」

 この依頼は受注処理が必要ない案件として、掲示されていた。とにかく、それらしき二人の女性を冒険者ギルドへ突き出せば良いのだ。それだけで、うまくいけば1億ベルである。

 犯罪の証拠も無しに捕縛しようとする行為自体が犯罪であることなど、欲にまみれた彼らの脳裏からは消え去っていた。


 翌朝、宿屋をチェックアウトした女性二人と『餓狼』五名は、乗合馬車乗り場に近い大通りの一画で再会した。

「お嬢さん方、昨日の夜に俺らが見つけた穴場の魔道具店に行ってみやせんか?格安の魔道武器もありやしたぜ。馬車の発車時刻まではもう少しありやすし…」

 自衛戦闘能力が全く無いことを気にしていた侍女は、この言葉に心が揺らいだ。彼らへの信頼が生まれてきたことも、この提案を受ける決心を後押しした。

 路地裏に誘導されて、少し心細くなりつつも、こんな早朝から変なことはしないだろうと(たか)(くく)っていたのだ。これが夕暮れ時や深夜ならば間違いなく断っていたのだが…。


 人目のない大通りからかなり離れた位置まで来た瞬間、五人の男たちはイリチャムと侍女を取り囲んだ。

「なっ、何のまねですか?」

「あんたらさぁ、隣の国の侯爵家の家宝を盗んだんだってなぁ。1億ベルの賞金首になってるぜ。ほら、正直に言いな。盗人(ぬすっと)ですってな」

 わざわざ路地裏まで来たのはこの尋問を行うためだった。なにしろ1億の案件だ。人目に触れたくはない。


「私たちはそのようなことはしておりません。証拠はあるのですか?」

「あんたらを裸にひん剥けば盗んだ家宝ってやつが出てくるんじゃねぇの?それが証拠だぜ」

 そう言うや否や、『餓狼』のリーダーが侍女の手首を(つか)んだ。

「やっ、やめてください。はなして!」

 口を(ふさ)ぐのが一瞬遅れたため、大声で叫ばれてしまったが、こんな早朝から通りを歩いている者はそう多くないだろう。その希望的観測は二人の男女の登場で(くつがえ)された。

 男のほうは黒髪で細身の優男(やさおとこ)風、女は小柄で丸腰だった。おそらくは冒険者ではない、ただの一般人だろう。早朝デートかもしれない。


 丸腰だったはずの男の手にはいつの間にか変な銀色の棒が握られていて、それを『餓狼』メンバーへ突きつけていた。

「全員、動くな。あ、別に抵抗しても良いが、すぐに警吏がここへ駆けつけてくるぞ。てか、誰かこの状況を説明してくれ」

 そう(のたま)った男に対し、『餓狼』リーダーは無言で剣を抜き放った。こんなひょろひょろの男に負けるはずが無い。そう確信していたのだが…。


 五人全員の剣はこの男にかすりもしなかった。それどころか足を引っかけられて転ばされていた。まさに手も足も出ないとはこのことだ。

 ただ、さすがに冒険者としてCランクまで昇格した実力はあるのだろう。『とても勝てない』と踏んだときの撤退判断は非常に優れていたようで、すぐに五人全員がこの場を逃げ出した。


 商売道具である剣を捨てるわけにはいかず、さりとて鞘に納める時間もない。

 ()き身の剣を右手に持って疾走する彼らをさきほど路地裏に来た男女の仲間たちが見逃すはずがない。不審者として五人全員を捕縛し、駆けつけてきた警吏に引き渡したのだった。

「俺たちゃ、デルトの街の冒険者だ。依頼で犯罪者を捕まえようと思っただけなんだよぉ」

 その叫び声が早朝の街に(むな)しく響いていた。


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