281 断罪劇の後始末
行政長官秘書のリリスさんは、結局行政府を辞めざるを得ない。執行猶予付きとはいえ有罪判決が下ったわけだからね。
その行く末が心配なんだけど、貴族の義務としてうちで雇おうか…。そう考えていたら、イザベラが先に申し出てくれた。
「彼女をルナーク商会で雇用したい。もちろん、本人が希望すれば、だがな。いつかはバレるように今回の横領計画を立てたのだろうが、そうでなければ一生バレることなく不正蓄財を続けていくことも可能だったはずだ。その能力をうちの商会で生かしてもらいたい。商会長である兄も反対しないはずだ。いや、ぜひ来て欲しいと言うだろうよ。どうだ?」
「え?え?国王様の温情で死罪にならなかったとはいえ、犯罪者であるのは間違いないのですよ?そんな私をお雇いくださるのですか?」
「ああ、うちは能力主義だからな。人格に問題のない有能な人物であれば、ぜひ来てもらいたいのだよ」
これを聞いたリリスさんの涙腺がついに決壊した。声を上げて子供のように泣きじゃくる彼女の背をアンナさんが優しく撫でてあげていたよ。
このあとのことをまとめると、以下の通りとなった。
・横領グループメンバー10名は、罪人護送用の鉄格子で囲われた馬車に押し込まれ、王都へ連行されることになる。
・マルクル小隊長率いる第二騎士団第三小隊は、陛下とリリスさんを乗せた豪華な馬車と罪人護送用馬車の二台を護衛しつつ、王都へ帰還する予定。
・リリスさんにはイザベラが書いた商会長宛ての手紙(紹介状)を持たせた。
・各宿屋へは人頭税の廃止をすぐに通達する予定。
・タルエル・ドヌーク行政長官へのお咎めは無し(陛下が確約してくれた)。
なお、『予定』ばかりなのは、俺たちがこの街をすぐに出立するため、未来のことを断言できないためだ。
そう、この断罪劇のあったその日に街を出て、アインホールド伯爵領の領都リブラへ向けて出発するのだ。なにしろ三泊四日も足止めされていたわけだからね。いい加減、旅を続けたい。
「ドヌーク長官、あとのことはよろしくお願い致します。面倒な後始末を押し付けて申し訳ないのですが…」
「いえいえ、ツキオカ男爵のおかげで行政府の膿を出すことができました。感謝しております。あとのことはお任せください」
付け髭で変装し、兜を目深にかぶった陛下も小声でこう言った。
「サトル君、余も感謝しておるぞ。ではまた新年度に王城で会おう。気を付けて旅を続けよ」
「はい、ありがとうございます。それでは出発致します」
俺たち一行は三台の馬車を連ねて、次々と行政府の敷地内から出たのであった。ようやく(陛下と一緒にいるという)緊張から解放されるよ。
・・・
街道脇の道の駅っぽい休憩所に到着し、そこで休息を取ることにした俺たち。
少し遅めの時間だけど、昼食を摂ることにしたのだ。
「師匠、この世界にも犯罪者っているんだな。帝国ではそういうのに触れてこなかったから、なんか実感わかないぜ」
サガワ君がサンドイッチをつまみつつ、感慨深げに発言した。さらにその意見には、ホシノさんも同意していた。
「そうね。ツキオカさんのような善人もいれば、胸糞悪くなるような悪人たちもいるのよね。あいつらまじで許せないわ」
聖女様が『胸糞悪い』という表現って、どうなの?まぁ、その通りなんだけど…。
クロダ先生も眼鏡をはずしてから、そのレンズを布で拭きつつ発言した。
「あなたたちの社会勉強になったのは良かったけど、私もあの男どもは許せないわ。もしも私がリリスさんと同じ立場になったとしたら…。そう考えると、彼女の犯罪行為を責める気にはなれないわね」
本当にそうだよ。俺の仲間たちがリリスさんのお姉さんのような目に会ったとしたら、俺はこの世界をぶっ壊すかもしれない(できるか、できないかは別として)。
・・・
その後も順調に旅は続いた。
なお、街道上に魔獣が出るのは別に珍しくないんだけど、現れるのは弱い魔獣ばかりなんだよね。なので、うちの戦力を考えるとどうしても過剰攻撃になってしまう。てか、獲物は早い者勝ちの奪い合いってことになるのだ。
全員が横領グループの男ども(特に課税徴収部長)に対する鬱憤を晴らすかのように、我先にと魔獣に攻撃を仕掛けているんだよな。魔獣たちが少し気の毒になるくらいだよ。オーバーキルだっつーの。
今もダイアウルフの群れが、右斜め前方と左斜め前方から俺たちを半包囲するかのように現れた。その総数は10体ほどだろうか。
先頭の一号車ではイザベラが愛用の『魔道ライフル』を撃ち、ナナが【水魔法】の【ウォーターカッター】を発動している。
二号車からはアンナさんが【火魔法】の【ファイアアロー】を発動するとともに、サリーが『魔道ライフル』(イザベラのと同じ【土魔法】中級の【ストーンライフル】)を発射している。
三号車からは(少し距離はあるものの)サーシャちゃんが【水魔法】の『魔道ライフル』(【土魔法】中級の【ストーンライフル】ではなく、【水魔法】中級の【アイススピア】を発動する魔道武器)を使用している。
標的の割り振りを行っていないため、同じ個体に複数の攻撃が命中しているよ。まさにオーバーキルだ。
ただ、サガワ君だけは抜剣してから馬車の前に立ち、前衛役をしてくれている。彼も【火魔法】を使って攻撃参加したいだろうに、盾役としての役割を果たしてくれているのだ。
あと、ユーリさんは最後尾の三号車から離れず、戦闘力を持たないマリーナさんやクロダ先生の護衛を務めてくれている。彼女も自分の役割をしっかりと果たしているってことだね。
ちなみに俺は、一号車の御者席で馬たちの制御に専念している。馬たちがパニックになって暴走しないようにね。
そして、それほど時間もかからず、ダイアウルフの群れは全滅した。危ない場面など一瞬たりとも無かったよ。
「うーん、誰かが戦闘指揮して、重複して攻撃しないようにしないとなぁ。せっかくの素材がボロボロだよ」
そうなのだ。本来は魔法一発で倒せるはずなのに、複数の魔法の集中砲火を浴びたため、素材としての毛皮が到底売り物にならなくなっていたのだ。
仕方なく魔石だけを取り出して、残りの死体は穴を掘って埋めることにした。まぁ、【土魔法】ですぐに穴掘りできるから楽と言えば楽なんだけどね。
「お兄ちゃん、ごめん。ストレス発散しちゃったよ。でも後悔はしていない。てへ、ペロ」
ナナがあざとい仕草をしているよ(『てへ、ペロ』じゃねぇよ)。でもまぁ、気持ちは分かるから、文句も言えない。というか、俺も攻撃したかった。
「師匠ぉ~、俺も攻撃に参加したかったぜ。でも誰かが前衛をやるべきだよな」
「サガワ君、その通りだ。とても良い判断だったよ。ありがとう」
ここにいる13人の中で前衛を務めることができるのは、俺とサリー、ユーリさんとサガワ君の四人だけだ。俺は御者席から離れられないし、ユーリさんは殿だ。
サリーが魔道武器を使うようになったから、盾役はサガワ君一択なんだよな。貧乏くじを引かせてすまないね。
「次はドラゴンでも出てこないかなぁ。ねぇ、お兄ちゃん」
不吉な発言でフラグを立てるんじゃないよ。本当に出現したらどうするんだ。
無言でナナを睨みつけた俺だった。いや、まじで出るなよ(もし出たら即座にメフィストフェレス氏を呼び出すけどね)。




