279 断罪劇③
この秘書さんの名前はリリスさんで、この街の周辺に存在するとある農村の出身だそうだ。村長の娘であり、王立高等学院は無理としても、その下部組織である中等学院は卒業しているとのこと。
リリスさんには彼女とそっくりのお姉さんがいて、かなりの美人で評判だったらしい。その噂はこの街ラドハウゼンにも届くほどに…。
隣村の村長の次男を婿養子として迎え入れる話も出ていた矢先、突然警吏がやってきてお姉さんを連行していったのがちょうど一年前のことだった。
苦しいながらも税金はきちんと納めていたはずなのに、納められていない税金の替わりという名目で(借金のカタとして)身柄を拘束されたのだ。
不足分の納税額を補うという名目ですぐにこの街の娼館に売られたお姉さんは、その美貌があだとなって、毎日多くの客を取る生活を余儀なくされたらしい。
リリスさんはその前から行政府に勤めていたんだけど、お姉さんを助けるために色々と調べていたそうだ。
そして判明したのだ。この一件は全て課税徴収部長が計画したのだということを。
しかも、お姉さんの最初の客として、その処女を散らしたのもこの男だったということを。
糞野郎だな。
さらに、ここにいる横領グループのメンバーもまた、一度はお姉さんを凌辱したらしい。
全員の(特に女性たちの)軽蔑の視線が彼らに突き刺さっていたよ。
「私はこいつらへの復讐を決意すると共に、姉を身請けするための金を稼ぐことを決意しました。それが今回の横領事件の目的です」
「さっき言っていた『金があっても意味がない』という言葉は?」
「はい。姉は半年前に自ら命を絶ちました。逃げられないように娼館の中の座敷牢みたいなところに囚われていたらしいですが、その部屋の中で首を括って…」
なるほど。あとはこの男たちへの復讐のみが目的で、横領を続けていったってわけか。
「横領の金額が膨れ上がるほど、こいつらの罪も重くなると思い、宿泊客の皆さんには申し訳ないとは思いつつ、ずっと継続してきました」
全てを告白して、憑き物が落ちたかのようにすっきりとした顔になったリリスさんだった。
「あ、最後に一つ。長官は全くの無関係です。公私ともに尊敬できるお方です。お仕えすることができてとても幸せでした。私は死罪となるでしょうけど、全く悔いはございません」
「君が死ぬとご両親が悲しむのでは?」
「いえ、両親もまた自殺しております。姉の訃報を聞いてすぐのことでした。ずっと『娘を娼館に売った』などと後ろ指を指されておりましたからね。そんなの嘘っぱちなのに…」
むー、それもまた酷い話だ。
「すると君にはご家族は?」
「私が最後の一人です。ですから、もはやこの世に未練はございません」
晴れ晴れとした顔で笑顔すら浮かべているリリスさんだった。
俺はリリスさんへの尋問を終えると、行政長官のほうへ向き直ってこう言った。
「この領は現在、王室直轄領となっておりますので、事件の顛末を王宮へ報告せざるを得ません。その上で国王陛下のご判断を仰ぐことになると思います」
「うむ、了解した。私も身辺を整理しておくとしよう」
行政長官の言葉を聞いたリリスさんが少しだけ顔を曇らせたけど、これは仕方ないことだろう。責任を取るために上役は存在するのだから。
・・・
…っと、ここで一人の騎士が部屋の中へと入ってきた。扉の前で警備していた騎士の一人だった。
兜を脱ぎ、あごの付け髭をはずしたその騎士の顔を見て、俺は心臓が止まるかと思ったよ。
「へ、陛下…。どうしてここへ?」
部屋の中にいた全員が俺の言葉を聞いてギョッとした顔になった。
「サトル、このおっちゃんが国王陛下なの?」
「ちょっ、サリー。『おっちゃん』は不敬だぞ。そう、なぜここにいるのか分からないけど、国王陛下だよ」
小声でしゃべったんだけど、シンとした室内ではサリーと俺の会話がめっちゃ響いてしまった。あ、冷や汗が…。
陛下はにこやかに手を振りながらこう言った。
「ああ、構わん、構わん。今の余は公務でここにいるのではないゆえな。いわゆる『お忍び』であるぞ。ツキオカ男爵、いやサトル君と呼ぼうか。そちとイザベラ嬢が何やら事件に巻き込まれていると連絡が入ったゆえ、宰相と王妃の目を盗んでこっそりと抜け出してきたのよ」
「陛下、それはあとで怒られるのではありませんか?」
「ああ、そちには口裏を合わせておいてもらいたい。そちからの要請で余がここへ来たという体にしてほしいのだ」
「ご命令とあらば…」
陛下は少しバツの悪そうな顔になった。
「いや、これは『命令』ではなく、『お願い』である。こんなことで命令などせぬよ」
やはりこの国の王様は人が好いよな。うん、王都へ戻ったら弁護してあげよう。そう決意した俺だった。




