272 褒美
国王陛下へと提出する報告書だけど、(基本的には)正直に記載することにした。
『基本的には』という注釈付きなのは、余計なことをあえて書かないという選択をしたってこと。
つまり、小銃や拳銃のような手持ち武器の可能性については言及せず、イーサ砲よりもはるかに威力の弱い効果しか得られなかったと書いたのだ。
もちろん、【火】や【水】や【土】の魔法でゼロ距離発動が失敗したことと、その理由(推測だけど…)もね。
やはり、武器や兵器をさらに発展させるのは、社会の不安定化を招くだろうとイザベラと相談した結果だ。魔道武器が(免許が必要とはいえ)一般的な社会だから、今更って気もするけどね。
それよりも工具としての可能性を研究していくとイザベラは熱弁をふるっていた。つまりは電動ドリルならぬ、魔道ドリルだな。
必要な砲身長は?どこまでの口径までドリル効果が得られるのか?鉄板ならばどれだけの厚みまで貫けるのか?等をこれから研究していくらしい。
これは俺もぜひ応援したいところだ。実はこの世界、手動で回すドリルすら存在しないのだ。木材や鉄板にきれいな穴を開けるのって、鏨や鑿を使ったまさに職人技なんだよ(現状では)。
なお、これは機密性の高い案件であるため、(王宮の官吏経由ではなく)直接陛下へ報告書を提出したいところだ。そのため、再び拝謁申請を行ったイザベラと俺。
で、申請の三日後には以前と同じ応接室での拝謁が実現した。
型通りの挨拶のあと、(陛下もお忙しいと思い)すぐに本題に入ったよ。もちろん、隣にはイザベラも座っている。
「こちらが例の実験結果となります。イーサ砲で使用した【ウインドブラスト】以外では【ウインドカッター】だけがゼロ距離発動に成功致しました。その理由につきましても推測ではありますが記述しております」
「うむ。ご苦労であった。あとで詳しく読ませてもらうとしよう。今日はおらぬが、宮廷魔術師長も喜ぶことだろうよ。おお、そうそう。王立造兵工廠の件だが…」
このあと、陛下から教えていただいたのは、イーサ砲の生産体制に関する話だった。詳細は以下の通り。
・ミュラー公爵家が保有しているスラム街の屋敷(反社であるカルローネ一家の屋敷だったもの)の広大な敷地内に工房を新設する。
・すでにある屋敷の建物のほうも従業員用の寮へと改装する。
・【鍛冶】や【細工】スキルを持つ職人を集めると共に、事務方の人員も充実させる。
・侵入者を防ぐため、騎士団の一部による厳重な警備体制を敷く。
・身元の調査は必要だが、スラム街の人間をある程度は雇用するつもりらしい。
予算額などは話に出なかったけど、それはさすがに俺たちの聞いて良い話ではない。
あ、でもそのスラム街って、オーレリーちゃんの親父さんの住むところだよな。低所得者層ばかりのスラム街で公共事業による雇用の創出がなされるのは良いことだと思う。
そこのスラムって何気に識字率も高いし…(かつてはオーレリーちゃんも習ったらしいけど、子供たちに読み書きを教える奇特な御仁がいるらしい)。
「そうだ。ツキオカ男爵よ。今回の件の褒美として何か望むものはないか?」
陛下の問いに対して俺は即座に返答した。
「恐れながら申し上げます。ニホン人三名をアインホールド伯爵領の領都へ連れて行く申請を年明け早々に提出しておりますが、これまで何の音沙汰もございません。許可や却下の知らせも無く、保留状態となっております。できましたら、この件の進展をよろしくお願い申し上げます」
「んん?そのような申請書類を見た記憶は無いぞ。余まで上がってきておらぬということは、担当者レベルで留め置いておるのかもしれぬな。分かった。早急に可否を明らかにして、連絡させるように申し付けておこう」
良かった。却下なら却下でも構わないのだ。申請から一か月以上が経つのに、可否不明ってのが困るだけなので…。
・・・
ほどなくして旅行許可の知らせが屋敷のほうへ届いたよ。やっぱ(国王陛下の)鶴の一声だな。
しかも近衛騎士団所属の女性騎士三名をうちの屋敷に留守番として常駐させてくれるらしい。なお、前・近衛騎士団長の命令でうちの屋敷を襲撃してきた騎士たちの中には、女性騎士は含まれていなかった。要するに、一度戦った相手などという変な確執は無いってこと。
その女性騎士たちが挨拶に来たのは、割とすぐのことだった。
「ツキオカ男爵様。近衛騎士団第二小隊所属フランソワーズ・ベルンであります。部下二名ともどもよろしくお願い申し上げます」
俺と同い年くらいだろうか。20代前半のハンサムな女性だった。ハンサムという表現は女性に対してどうかとも思うけど、まさにそういう印象だったのだ。宝塚の男役かよ。
部下の二人は10代後半くらいかな?
三人ともきりっとした美人だったよ。うん、騎士っぽい(てか、本物の騎士だけど)。
「フラン、久しぶりだな」
フランソワーズさんに話しかけたのはうちの騎士団長であるユーリさんだった。
「え?え?まさかユーリ様?ユーリ・グレイフィールド様ですか?あれ?右手がある…」
「今はこのツキオカ男爵家の騎士団長をしている。私の失われた右腕を【光魔法】で復元してくれたのは、こちらのツキオカ殿なのだよ」
どうやら、この二人、近衛騎士団時代の知り合いらしい。
「小隊長が近衛騎士団を罷免されたあと、恥ずかしながら私が第二小隊長の職務を引き継ぎました。ユーリ様には遠く及びませんが…」
え?ユーリさんって小隊長だったの?いや、でも分かるな。第三王女様の護衛だったというのもそれで納得だ。
「いや、フランなら立派に務め上げられるだろうよ。まぁ、とにかくもう少し先のことだが、私らの留守中はこの屋敷のことをよろしく頼むな」
「はっ、お任せください。ツキオカ男爵様やご令嬢様方もどうぞよろしくお願い申し上げます」
ナナやサリーが『ご令嬢様方』と呼ばれて、くすぐったそうな顔をしているよ。
でもまぁ、良さげな人たちで安心した。陛下には本当に感謝だな。




