027 アイテムボックス
街の食堂でバッツさんとアンナさん、俺の三人で昼食を摂ったあと、アンナさんと俺は街外れに待たせていた馬車に乗り込み、アインホールド家の別荘であるお屋敷へと戻ってきた。
良い人と知り合えて本当に良かったよ。
「サトルさん、いえツキオカ様。このあと、お部屋にお伺いしてもよろしゅうございますか?とても大事なお話があります」
うっ、忘れてた…。セクハラを糾弾されるのか?
いや、あれは仕方ないだろ。アンナさんが倒れそうだったからお支えしただけです。
でも、もしも非難されたら全力で謝ろう。うむ、土下座も辞さないぜ。
あのときの状況を思い出すと、アンナさんの柔らかい身体の感触が両掌に甦る(気がする)。うっ、鼻血出そう…。
『陰キャ』らしく、我ながら気持ち悪い思考をしていると、俺のいる部屋の扉がノックされた。
「アンナです。入ってもよろしいでしょうか?」
「どうぞどうぞ。お入りください」
「失礼します」
部屋に入ってきたアンナさんにソファをすすめて、俺たちは向かい合わせに座った。
アンナさんは少し躊躇うような様子だったのだが、意を決したように俺に言った。
「ツキオカ様、もしよろしければ私に【アイテムボックス】のスキルを【コーチング】してはいただけないでしょうか?」
は?あぁ、セクハラ行為の糾弾じゃなかったのか…。よ、良かった~。
「非常に希少なスキルである【アイテムボックス】を教えていただくなど、本来なら何億ベルも積まなければならないお願いではありますが、どうか毎月の分割払いでの総額一億ベルでご教示いただきたく、伏してお願い申し上げます」
ソファから立ち上がって上体を90度に傾けたアンナさん。いわゆる最敬礼のポーズだ。
てか【コーチング】って、スキルレベルが100の達人になると使えるようになるという、他人にスキルを教える能力だったよな。
そんなの【アイテムボックス】のメニューに出てたっけ?
「と、とりあえずお掛けになってください。落ち着かないので…」
俺はステータスを表示して、その中の【アイテムボックス】を選択した。いつも通り【IN】と【OUT】の二つのメニューが出ている。
ん?ステータス画面の一番下のほうに小さく【コーチング】ってあるじゃん。操作ミスしないようにわざと離して表示してるのか?
俺は【コーチング】を選択して、出てきた照準をアンナさんに合わせて発動してみた。
ただ、特に目立ったエフェクトは発生しなかった。キラキラと光り輝くとか、そういう特別な効果が出るのかと思ってたよ。
「アンナさん、ステータスを確認してみてください」
俺の声に従ってステータスを確認したアンナさんは、驚愕と喜びの感情が複雑に入り混じったような表情になっていた。
「あ、あ、【アイテムボックス】のスキルがあります。ツキオカ様、あ、あり、ありがとうございましたっ!」
俺もアンナさんを【鑑定】してみた。
・名前:アンナ・シュバルツ(シュバルツ男爵家三女)
・種族:人族
・状態:健康
・職業:アインホールド伯爵家侍女
・スキル:
・鑑定 55/100
・耐鑑定 41/100
・アイテムボックス 34/100 ←ここに注目!
・魔法抵抗 33/100
・徒手格闘術 62/100
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・火魔法 35/100
・水魔法 39/100
【コーチング】によるスキルレベルの初期値は30~35だったよな。うん、34ってのはなかなか良い初期値だ。
「アンナさん、もしも【アイテムボックス】の仕様をご存知なら、俺に教えていただけませんか?恥ずかしながら俺は適当に使っているだけなので…」
俺のこのセリフにもビックリしたみたいだけど、面倒がらずに教えてくれたよ。
それをまとめると、
・スキルレベルの値は収容量に直結している。
・容量は、(スキルレベル値)立法メートル。
・スキルレベル50から【アイテムボックス】内の時間経過は無しになる。
・頻繁に使い続けることでスキルレベルは向上し、一般的には年間3~5はアップするらしい。
ほほう、なるほどねぇ。
アンナさんのスキルレベルなら34立方メートルの容量ってことになる。なので、34の三乗根を計算すると約3.2だ。つまり、一辺が約3メートルの立方体をイメージすれば良い。
あと、スキルレベルが50になるまでの期間は3~5年ってところか。
やはり時間経過無しってのはすごいよな。生鮮食料品なんかを入れられるってことだし…。
ん?俺の場合は100立米だから、一辺が4.6~4.7メートルの立方体になるわけか。
いや、めっちゃでかっ!
「いえ、スキルレベルが100になると容量無限になるらしいですよ。私も噂でしか聞いたことが無いのですが…」
おっと、でかいってレベルじゃなかったぜ。なんとまぁ、無限かよ。
…って、無限なんてあり得ないだろ。うん、絶対に容量上限は存在すると思う。一度検証してみようかな。
「ところで報酬のお支払いについてなのですが、毎月のお給料から少しずつお支払いするという形になります。一度にお渡しできず、大変申し訳ないのですが…」
「ん?報酬なんて要りませんよ。色々と教えていただいたお礼です。お気になさらず」
「え?ええぇぇぇ?とてもありがたいのですが、無報酬というわけにも…。ううっ、かくなる上は、もはやこの身を捧げるしか…」
「へ?」
「私、これでもまだ乙女なのです。ツキオカ様なら私の『初めて』を差し上げても…」
俺は焦って両手を振りながら言った。
「いやいやいや、ちょっと待って。本当に何も要りませんから」
アンナさんは目に見えて落ち込んだ様子になった。
「私のような者ではツキオカ様のご寵愛を受けることもできないのですね。先ほどの恥ずかしいセリフは忘れてくださいませ」
「いえ、アンナさんは美人で可愛くて、とても魅力的な女性ですよ。俺にはもったいないという意味でお断りした次第ですから」
は、恥ずかしい…。でもこれは、お世辞抜きの俺の本心なのだ。
ここから、すったもんだの交渉が展開され、ようやく『アンナさんには冒険者の先輩として、様々な常識をご教示してもらう』という報酬内容で決着した。
ちょっともったいなかった気もするが、DTの俺にはこんな美人、高嶺の花すぎて緊張で死ぬ(俺が)。




