026 模擬戦
「そうだ。このあと時間があるなら格闘訓練に付き合ってやっても良いぜ。ここの奥にはギルドの訓練所があるからな。アンナの【徒手格闘術】のスキルレベルが62で、俺が76だから、まぁ胸を貸してやる感じになるわけだが…」
「そうですね。私よりもサトルさんはどうですか?もしも【徒手格闘術】のスキルをお持ちでないなら、誰か達人レベルの人を見つけて【コーチング】を受けることをお勧めしますよ」
バッツさんとアンナさんのお二人が良い人過ぎる。
でもまぁ、ここは一応正直に答えておこう。
「俺の【徒手格闘術】のスキルレベルは80なんですが、あまり実戦経験が無いのでうまく戦えるのか分かりません。なので、バッツさんに手ほどきしていただけるのなら、ありがたいです」
「はぁ?レベルが80もあるくせにおかしな話だな。まぁ良いや。ちょっと手合わせしてみようぜ」
アンナさんが驚いた様子で俺のことを見つめていた。特に何も言わなかったけど…。
その後、三人揃ってギルドの建物の裏手のほうにある訓練所へと移動した。
かなり広いが、でも屋根はない単なる屋外運動場みたいなところだった。ある場所では金属製の的に向かって魔法を撃つ魔術師がいれば、別の場所では木剣での模擬戦闘みたいなことをやっている男たちもいた。
近くに誰もいないところへと移動した俺たちは、さっそく模擬戦を始めることにした。
「まずは俺とサトルでやってみるか」
背負っていた斧を脇に置いて身軽になったバッツさんが指をポキポキ鳴らしている。怖っ。
「よろしくお願いします」
一言挨拶してから俺は空手っぽい構えをとった。いや、空手どころか何の武術も習ったことは無いんだけどな。
間合いを詰めてきたバッツさんが軽い左ジャブからの右ストレート、そして右回し蹴りと連続で技を繰り出してきた。2メートル近い巨体から繰り出されるパンチやキックの迫力はすごくて、思わず目をつぶってしまいそうになる。
ただ、きちんと見ないと避けることはできないので、怖かったけど目を開けてしっかりと見たよ。
すると、どういう身体の動かし方をすれば良いのかが自然と頭に浮かんできて、その通りに動くことで全ての攻撃を回避することができた。これがスキルの効果ってやつか。すげぇ。
なお、俺のほうからも隙を見つけて攻撃を放ったんだけど、それは確かにバッツさんに当たった。そう、当たることは当たるんだけど、でもダメージが全く入ってねぇ!
スキルってのは技術であって、攻撃力ってわけじゃないみたい。要するに、ステータスで見ることができない筋力値や敏捷値などの基礎的な身体能力が重要なのだ。
うーん、防御には有効だけど攻撃には使えない…。結局、身体を鍛えろってことか…。
まぁ、物理的防御は【徒手格闘術】で、魔法的防御は【魔法抵抗】を上げることで行えば良いということだな。攻撃自体は魔法を使えば良いんだし…。
戦闘しつつ上記のようなことを考えていたせいで、対応が遅れたのだろう。バッツさんに捕まってしまった。
バッツさんの左手が俺の胸倉を掴んでいるという状況だ。このままだと力で押さえつけられて負ける。
俺は自分の左手をバッツさんの左手にかぶせるようにして掴み、指で手首を締め付けた。掴んでいるバッツさんの手が緩んだので、左足を引いてから右腕をバッツさんの左腕に当てて身体を左方向へと捻った。
左腕を極められる体勢になるのを嫌ったバッツさんは自ら跳んで地面に転がった。もちろん、受け身をとっているので投げによるダメージは無い。
俺はそのまま右のパンチを放って、倒れているバッツさんの顔面すれすれで止めた。
「そこまでっ!」
アンナさんが試合終了の合図を出した。なんとか俺の判定勝ちってところかな?
これが本当の戦闘でこのまま続けていた場合、俺のパンチはバッツさんの顔面に入っただろう。しかし、意識を刈り取るまではいかなかったと思う。
で、そのまま右腕を掴まれてしまい、腕を取られたまま押さえつけられて俺の負けになっていたはずだ。やはり少しは身体を鍛えたほうが良いのかもしれないな。
「ふぅー、驚いたな。やるじゃねぇか。だが過信だけはするなよ。技では敵わねぇが、力任せの攻撃だったらダメージが入っちまう可能性はあるんだからな」
「ええ、分かってます。長期戦に対応できるスタミナもありませんし、筋力の弱さなど総合的な能力で劣っていることは重々承知しています。さっきの模擬戦も本来なら俺の負けだったと思いますし…」
「ああ、分かっているなら良いんだ。しかし、さすがは【徒手格闘術】80だな。全ての攻撃がいなされた感じだぜ。俺としても良い訓練になった。礼を言う」
やはり良い人だよな、バッツさん。
続けて行われたバッツさんとアンナさんの試合では、力と技の両方に優れるバッツさんの圧勝だった。まぁ、予想通りではある。
俺とアンナさんの試合もやってみたんだが、女の子相手だとめっちゃやりにくいよ。
ギルド備え付けの訓練用の服に事前に着替えていたので、今のアンナさんはスカートってわけじゃない(下半身はズボンだ)。でもどうしても意識してしまう。美人だし…。
「おい、サトル。お前、メンタル面も鍛えないと対人戦はちょっとやばいぞ。盗賊の討伐依頼なんかで、もしも盗賊の仲間に可愛い女の子がいたらどうすんだよ」
いや、いないだろ。さすがに…。
バッツさんのセリフに心の中でツッコミを入れた俺だった。




