255 魔獣襲撃③
奴らの接近は、まさに『突進』だった。
ここでマルクル小隊長の新たな命令が飛んだ。
「第五分隊は第二分隊の後方で、障壁を強化せよ。大盾の障壁を絶対に崩すな!」
俺の作った土壁の後方で護衛任務にあたっていた第五分隊10名が、大盾の障壁の後方へと素早く移動した。マルクル小隊長の見事な統率力と第五分隊の行動力に脱帽だ。
俺はあらかじめ大盾の向こう側20m地点に『複合魔法』の二つの照準を重ね合わせていたんだけど、個体B(真ん中を走る【魔法抵抗】89の奴)がそこに差し掛かった瞬間、二つの魔法を同時に発動した。
爆発的な高速度により一瞬で目標に到達した氷柱は、個体Bの額の中央に突き刺さった。貫通しなかったってことは、めっちゃ頭蓋骨が固いってことだろう。
いや、本当は足元を狙ったんだけど、微妙にタイミングがずれた(…もう少し早めに発動すべきだった)せいで奴の頭に当たってしまったのだ。まぁ、しかし結果オーライと言える。
前傾姿勢で爆走していた個体Bは、そのままヘッドスライディングするかのようにうつ伏せの状態で、大盾の前まで滑り込んできた。あの状態では、まず間違いなく絶命していると思う。
サガワ君の【ファイアボール】とアンナさんの『複合魔法』(通称『沸騰水流』)も発動された。大きな火球と細い水流の飛翔を視界の端に捉えることができたけど、抵抗されたのかどうかは不明だ。
ただ、これにより個体Aはもんどりうって倒れたので、どちらかの攻撃によってダメージを与えたのは確かだろう。これで残るは右端の個体Cのみ。
最初の奴と同じく、大盾に突き刺さる個体Cの角…。そこからの展開は全く同じだった。騎兵の半分は倒れた個体Aに対処しているけど、残る半分が個体Cへの攻撃を反復している。
なお、乱戦に移行したあと、俺たち魔術師は何もできない。静観するのみだ。これは味方への誤爆を避けるためだね。
そして、それほど時間もかからず、騎士たちによって全てのミノタウロススカウトが殲滅されたのだった。
おぉ!完全勝利じゃないですか。これってかなりすごいことなのでは?
指揮を執っていたマルクル小隊長が俺に向かって敬礼をしたあとこう言った。
「ツキオカ様。魔法による支援、感謝申し上げます。本当に助かりました」
「いえ、奴らの【魔法抵抗】のスキルレベルが90未満だったこと、それこそが幸運でした。でなければ手も足も出ませんでした」
そうなのだ。まさに不幸中の幸いと言うべきか。運の良さと言うべきか(誰の運なのか知らんけど)。
サガワ君が言った。
「さすがは師匠っす。この国の騎士団もすごいけど、師匠のすごさは別格っすよ」
「本当にね。魔王と呼ばれているのも分かるわね」
ホシノさんも不穏な発言をしていた。…って誰が『魔王』なんて言ってるんだ?まぁ、イザベラかナナだろうけど…。
「ツキオカさんって【風魔法】と【水魔法】と【光魔法】の三属性って言ってましたよね?さっきは【土魔法】も発動していませんでした?」
ああ、まぁ気づくよな~。緊急事態だったから仕方ないね。
「そこんところは深く追及しないで欲しいな。国家機密だと思ってくれ」
いや、本当はそんな大層なものでは無いんだけどね。ただ単に、説明するのが面倒なのだ。
「それより、左端の個体Aに対するダメージって、サガワ君とアンナさんのどちらの攻撃だったんだ?」
「俺の【ファイアボール】は無効にされたっすよ」
「私のほうは、あのとき【ウォーターカッター】のみ発動して【ファイアアロー】の発動には失敗しています。ですから抵抗されたのは間違いありません」
あれ?だったら何で倒れたんだ?
個体Aの死体を見分してみると、右脚に細い鉄の棒が突き刺さっていた。これってクロスボウから発射する矢じゃないか?
マルクル小隊長に聞いてみても、騎士団の中にクロスボウを装備している者はいないそうだ。
あっ、もしかしてエリさんかな?
うん、その可能性が最も高いだろうな。ただし、彼女の姿は一度も見てないんだけどね。
このあと騎士たちが四体のミノタウロススカウトから魔石を取り出し、素材として一体から二つずつの角を採取していた(合計で角の総数は八本)。
頭蓋骨から角を切り離す作業がこの一件で最も苦労した点かもしれない。それくらい難しかったのだ。俺がヤスリ(断面が菱形になったもの)を貸してあげて、なんとか…って感じだったよ。
なにしろ鋼鉄製の大盾を突き破る強度を持つ角だからね。加工して槍の穂先にでもすれば、かなり強力な武器になるんじゃないか?
なお、素材採取後の死体については、サガワ君が【ファイアボール】を発動して火葬にしてくれた。
俺が【土魔法】で作った土壁も元の状態へと戻し、全員の出発準備が整ったのは、もうしばらくあとのことだった。
それにしても、ミノタウロススカウトを召喚した人物は果たして全員死亡したのかな?三人が死んだのは見えたけど、もしも生き残りがいた場合、再度の襲撃があるかもしれない…。
まだまだ警戒は必要だね。




