252 復路の休憩所
騎士団の幌馬車を一台、日本人のために提供してもらい(元々その馬車に乗っていた騎士は別の馬車に分散乗車)、その馬車の御者を俺が務めることになった。さらにナナも同乗する。
これで、この馬車の中では日本語による会話が可能となった。
聖女のホシノさんがナナに質問した。
「ナナお姉さんって、ツキオカさんの本当の妹さんじゃないんですよね?まさか日本では本当に妹で、こっちの世界に転生したあと再会したなんてドラマチックな展開?」
「あはは、まさか…。そうだったら私も嬉しいんだけど、残念ながら全くの無関係よ」
『お姉さん』と呼ばれて嬉しそうなナナだった。
「私はFランク冒険者だったんだけど、すっごいピンチのときに助けてもらったのよ。そのとき転移者と転生者の関係ってことが分かってね。で、妹にしてもらったってわけ」
「へぇ~、なんか羨ましいかも…。でも本当に妹で満足なんですか?」
「もちろん。お兄ちゃんとは死ぬまで一緒にいるつもりだよ」
ま~たナナの『結婚しない』宣言だよ。年頃になったら、誰か良い人を見つけて欲しいのですが…。お兄ちゃん、心配だよ。
ホシノさんの顔がなぜかニヤニヤと悪そうな笑顔になっている。そういうところが、聖女っぽくないんだよな。本当に聖女なのか?
「師匠、やっぱハーレムじゃん。妹のセリフじゃないよ」
サガワ君の言葉にクロダ先生も頷いていた。
…っと、ここでナナがクロダ先生を見ながら言った。
「クロダさん…でしたっけ?ちょっと眼鏡をはずして素顔を見せてもらえませんか?私の可愛いものセンサーに反応があるのですが…」
はにかみながら眼鏡を取るクロダ先生。その素顔を見て絶句するナナと俺。
いや、俺も眼鏡をはずしたクロダ先生の顔を初めて見たよ。めっちゃ美人じゃん。驚いた~。
「やっぱり…。ホシノさんも『可愛い』んだけど、クロダさんはどっちかって言うと『美人さん』って感じだね。お兄ちゃんの周りには顔面偏差値の高い女性しか寄ってこないのかな?」
おっと何気に自分自身もそこに含めたような発言だな。まぁ、ナナが可愛いのは確かなんだけどさ。
「あっちの馬車に乗ってるアンナさんやサリーさんも美人さんだよね。前髪で隠していたけどオーレリーって子も絶対可愛いに違いないよ」
ホシノさんの勘って、なかなか鋭いな。そう、オーレリーちゃんは実は可愛いのだ。前髪で目元を隠しているけどね。
こんな感じで容姿に関する話題が続いているんだけど、なんとなく俺だけ肩身が狭い。サガワ君も割とイケメンだしな。
馬車の隅っこに静かに座っていた従者の女性(太った中年のおばちゃん…容姿は普通)に親近感を覚える。
このおばちゃん、帝国から勇者たちに付き従ってきたんだけど、日本人三人以外でエーベルスタ王国に入国した唯一の人物なのだ。
おそらくは帝国の暗部の人だろう。なぜなら【鑑定】できないからね。
俺の【鑑定】のスキルレベルは魔装具込みで100だ。…ということは彼女の【耐鑑定】も100ってことになる。
どう見てもただの『おばちゃん』なんだけど、【耐鑑定】のスキルレベルを考えると、到底一般人とは思えない。護衛役なのか監視役なのかは分からないけどね(おそらく両方?)。
ちなみに、このおばちゃん、影も薄くてたまにその存在を見失いそうになる。【認識阻害】のスキル持ちかもしれないな。
なお、自己紹介されたときに聞いたんだけど、ゴルドレスタ語とエーベルスタ語のバイリンガルで、名前はエミリさんだそうだ。うん、名前は可愛いね。
・・・
街道脇の休憩所(道の駅っぽい広場)で、王都へ戻る復路としては最初の休憩を取った俺たち。
大きなテーブルに9人分の座席を用意して、『暁の銀翼』5名と日本人3名+エミリおばちゃんが着席した。
「ふっふっふ、今日のお昼はハンバーガーセットだよ。ハンバーガーとフライドポテト、アイスティーの三点セットだね。あ、ハンバーガーもポテトも、足りなかったら『おかわり』あるよ」
ナナが【アイテムボックス】から取り出してテーブルに並べたのは、できたてホカホカのハンバーガーとフライドポテト。それに氷も入った冷たくて甘い紅茶だった。
全員の目が期待に輝いているんだけど、特に日本人たちは歓喜の表情だった。うん、分かるよ。
「ナナさん、カトラリーは?」
アンナさんがナイフやフォークを要求したけど、これは手掴みで食べる物なんですよ。
「素手で持って食べてね。ニッポンのマナー的にも、そういう食べ物なんだよ」
ハンバーグは魔獣肉の合い挽きで超絶美味いやつ、レタスっぽい葉野菜に濃厚なソース、さらにはマヨネーズまで塗られていた。素材同士が絶妙なハーモニーを奏でているよ。
一口かじっただけで、言葉では言い表せないほどの美味しさが押し寄せてきた。なんというサプライズ!さすがはナナだよ。
日本人全員、涙を流しながら食べていたけど、その気持ちはよく分かります。俺も涙が出そうだよ。
やはり異国の地で、日本で食べ慣れたものを提供されると感動するよね。
ちなみに、護衛の騎士団(第三小隊)の騎士さんたちにも同じものを提供したんだけど、全員すごい勢いで食べていた。
てか、ナナさんや。いったいどれだけの数を作ってきたんだ?少なくとも60セットは用意してきたってことだよね?
「300セットを作ってきたよ。やっぱ時間経過無しの【アイテムボックス】って素晴らしいよね」
ま・じ・か…。旅の準備をしているとき、ナナだけ厨房にこもっていたんだけど、そういうことだったのか。
全員がナナに対して、思わず頭を下げていたよ。いや、無意識のうちに敬意を表したくなったのだろう。もちろん、俺もだけど…。




