249 魔道武器講習会③
そうこうしているうちに、事故現場である地下1階の魔法訓練場に数人の警吏がやってきた。おそらく『刑事部』の捜査員だろう。
あ、警部さん…。
顔見知りの警部さんもいるじゃん。俺は【アイテムボックス】から野球帽を取り出して、目深にかぶった。俺がここにいることをできれば内緒にしておきたいので…(いや、何となくね)。
余談だけど、この世界に野球帽は存在してなくて、全周につばのある帽子(中折れ帽や山高帽等)しか無かった。なので、ここ王都のとある帽子店で特注したのだ。なお、帽子の前面中央にはHとTの組み合わせを刺繍してもらおうかとも思ったんだけど、日本(のとある球団)からクレームが入りそうなので断念した。
「これはどういう状況だ?誰か説明してくれ」
警部さんの呼びかけに応じて、アリシア先生が事故の詳細を説明していた。そう、あくまでも事故なのだ。
警部さんがサリーの姿を目にしたのか、首を傾げつつ言った。
「ん?君は?ライオネル商会の事件の際、冒険者ギルドの会議室で会ったような…。いや待て。君がいるということはツキオカ殿もいるんじゃないか?」
…って、さっそくバレました。顔を隠した意味が無いよ。
俺は帽子を取ってから警部さんに挨拶した。
「お久しぶりです。その節はお世話になりました」
「おぉ、やはりツキオカ殿もおられましたか。名探偵にご出陣いただくような難事件は、ここ王都では全く発生しておりませんな。ですので、本当にお久しぶりです」
「この事故の状況はアリシア先生がご説明された通りなんですが、最初の契機となった行為の有無が争点となっております。こちらのセドリック・グレンナルド伯爵令息とうちのサリーの証言が食い違っているのです。つきましては鑑識から【闇魔法】の魔術師さんを呼んできていただけますか?」
俺のこの発言を耳にしたセドリック様が、食い気味に発言した。
「いや、僕の勘違いだったかもしれない。あぁ、一瞬、そう一瞬だけど横に魔道武器を向けたかも…。だが、それが何だというのだ。そんなことが罪になるわけがない。ここに父上を呼んでくれ」
ようやく認めたか。まぁ、【闇魔法】の【ウィークネス・オブ・マインド】は嘘発見器みたいなものだからね。
てか、こうなれば、あとは警吏本部長官である親父さん頼みってことにならざるを得ないだろう。
そしてタイミングよく、この場にグレンナルド伯爵が現れた。ご子息が怪我をしたわけだから、きっと誰かが呼んだのだろう。いや、怪我は治ってるんだけどね。
「セドリックが負傷したとの知らせを受けてやってきたが、どうやら元気そうだな。いったい何があったのかを儂に説明せよ」
「父上!僕に傷を負わせたのは、この男です。貴族に対する傷害罪で捕まえてください。実は…」
ここからセドリック様の説明が続いたけど、自分に都合の良いように(いかにも自分は純粋な被害者であるように)有ること無いことを発言していた。なかなかの厚顔無恥と言わざるを得ない。
セドリック様の説明が一区切りついたあと、グレンナルド伯爵は辺りを見回してからこう言った。
「息子の証言だけでは捕縛する根拠としては弱い。息子の発言を裏付ける客観的な証言をして欲しい。反証でも構わないぞ」
さすがは公明正大を絵に描いたような高潔な人物だよ。馬鹿親だったらこんなことは絶対に言わないね。
ちなみに、俺は再び野球帽で顔を隠しているので、伯爵には気づかれていないようだ。
「はいっ!今の発言にはいくつか嘘が混じっています。まずは…」
サリーって伯爵とは初対面のはずなのに、物怖じせずに積極的に発言しているその姿勢はさすがです。商人のハッブルさんが女神様を見るような目でサリーを見ていたけど、その心情は察するに余りある。
「なるほどな。君の名は?」
「サーサリアムと申します。Dランクの冒険者です」
ここで子爵家次男が口を挟んできた。
「はっ、冒険者だと?そんな不逞な輩の証言など信じるに足りませんぞ」
伯爵が苦虫を噛み潰したような表情で、子爵家次男を叱責した。
「冒険者を貶めるような発言は控えよ。それでは、この中で彼女の先ほどの証言を支持するという者は挙手してくれ」
パラパラと数人が手を挙げた。俺も含めてね。
「では息子の証言を支持する者は?」
子爵家次男が勢いよく、男爵家次男が恐る恐るといった感じで挙手した。てか、二人だけだ。
「これは【闇魔法】の魔術師に頼るまでもないな。セドリック・グレンナルドを捕縛せよ。ハッブル氏に対する暴行容疑だ。さらに誣告罪としても取り調べを行うように」
誣告罪ってのは、虚偽の証言で無実の人を罪に陥れるような行為のことだな。
てか、さすがはグレンナルド伯爵だ。まじで尊敬できる人だよ。
「そ、そんな。父上、なぜ?」
「警吏本部長官として罪人を裁くのに、身内であることなど関係ないわ。しばらく留置場で自らの行いを反省せよ。取り巻きの両名も虚偽の証言について、取り調べることとする。一緒に連れて行け」
『貴族家次男トリオ』が腕を掴まれて連行されていき、伯爵や警部さんたち捜査員も立ち去ったあと、残った人たちから期せずして拍手が巻き起こった。
勇敢なサリーに対する拍手だった。
ハッブルさんがサリーに向かって深々とお辞儀しつつ、お礼を言っていた。
「サーサリアム様、本当に本当にありがとうございました。私、ハッブル商会の商会長をしておりますハッブルと申します。ぜひお礼をさせていただきたいのですが…」
「お礼はその言葉だけで十分だよ。それにサトルがいたからこそ、強気な発言ができたんだよね。だって、この人って、いざとなれば国王陛下に仲裁してもらえるような人だし」
「ちょっとサリー、不穏な発言は控えてくれ。陛下から怒られる。はっ、今のは冗談ですよ。俺は一般人ですので…」
焦りながら誤魔化す俺…。てか、全員から何とも言えない目で見られてしまったよ。アリシア先生なんか、不敬罪を適用すべきかどうか迷ってる顔だ。
俺は野球帽のつばを下げて、顔を隠すしかないって状況です。まったくもう…。




