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245 その頃の関係者たち ~第三者視点~

「ああ、師匠はもう帰り着いたのかな?できれば一緒に行きたかったよなぁ」

 勇者のこぼしたセリフに聖女が反応した。ちなみに、日本語だ。

「タイキ、仕方ないじゃん。でも、きっともうすぐ留学OKの知らせが来るよ。こっちの世界に来てから初めての本格的な旅だから、めっちゃ楽しみなんだよね」

「だな。俺も楽しみ…。ただ、道中で盗賊団や魔獣は出てくるかな?魔獣は別に問題ないけど、人間相手だと戦いたくないよなぁ」

 これに賢者が答えた。

「サガワ君。旅には騎士団の護衛が付くでしょうから、人間は襲ってこないと思うわよ。来たとしても騎士さんたちが対応してくれるでしょうし」


 聖女が懸念を表明した。

「盗賊は来ないとしても、クロムエスタ神国の暗殺者は来るかもね。クロダ先生や私を殺すために」

「それな。まぁそんときゃ俺が何とかしてやるよ。なにしろ勇者だからな」

「ふっ、ツキオカさんの足元にも及ばないくせに…。ちょっと自信過剰なんじゃない?」

「いや、師匠は別格だろ?イザベラって転生者も言ってたんだよな。魔王なんじゃないかって…」

「うん、あの人のこと【鑑定】できなかったし、ステータスも教えてもらえなかったけど、かなりヤバい感じだと思う。性格が『善』寄りなのが救いだね」

 軽くディスられている感じのサトル・ツキオカであった。


「もう、ホシノさんもサガワ君もツキオカさんのことを悪く言っちゃダメよ。『善』寄りじゃなくて、純粋な善人だと思うし…」

 賢者だけは魔王擁護(ようご)派のようである。いや、勇者や聖女にしても本心はそうなのだが…。

 聖女がニヤニヤと悪い笑みを浮かべつつ、こう言った。

「クロダ先生ってぱ、ツキオカさんのことをめっちゃ信頼してるもんね。やっぱオーガロード戦のときの吊り橋効果かしら?」

「そんなんじゃないってば。もう…」

 顔を真っ赤に染めた賢者を生温(なまあたた)かい目で見つめる勇者と聖女。

 なんとも仲良しな三人であった。


 ・・・


 ところ変わって、ここはパレッタ商会の事務所。

「課長、パレートナム課長、本国から連絡員がやってきたとのことですが、何かありましたか?」

「おい、チェリーナ。課長じゃねぇよ。課長補佐だ。あと、パレッタ会頭と呼べ。誰が聞いてるのか分からんのだぞ」

「私にとっては課長ですよ。国防軍大学校(ぼうだい)出のエリートだかなんだか知らないですけど、あの女が課長だなんて認めません」

 パレッタ氏と話しているのは、この商会の商会員であり、第二部第五課の課員(諜報員)でもあるチェリーナと呼ばれる女性だ。イザベラ・ハウゼンがサトル・ツキオカやエリと共にここを訪れたときに事務所内にいた受付の女性である。


「まぁそう言うな。課長は若いし経験不足なんだから、俺たちでサポートしてやらんとな。ああ、それから、連絡員からは本国の情報は特に何も無かったぞ。こちらで入手した情報を渡して、すぐに送り帰したがな」

「ニホン人たちのステータス情報ですね?あれって本当なんですかね?」

「俺は真実だと確信している。まぁ、情報の確度を判断するのは本国のお偉方(えらがた)の仕事だ。俺たちは収集した情報を送るのみだな」

「会頭が(おこな)った帝国政府内の情報工作って、課長に返り咲けるほどの成果じゃないんですか?ニホン人が帝国にいるよりも、エーベルスタ王国にいるほうがずっと良いですよね」

「ふっ、まぁな。だが降格して一年も()たないのに、すぐに昇進することなどあり得んよ。諜報の世界一筋でここまで地道に務めてきたし、これからも地道に頑張るだけさ」

 パレートナム課長補佐は叩き上げの兵士であり、士官学校や国防軍大学校は出ていない。それでも第五課長まで昇進できたのは、本人の優秀さの証だろう。いや、士官学校出であれば、そもそも降格処分になることは無かったかもしれないが…。


「私は悔しいんですよ。ろくでもない任務を与えた第二部長はそのままの地位に(とど)まり、任務に失敗した会頭は責任を取らされ、こうして成果を上げているのに評価されない」

「いやいや、評価はされてるだろ?数年後に今の第五課長が第二部長にでもなれば、俺の第五課長復帰もあるかもしれん。まぁ、焦っても仕方ないさ」

 チェリーナ女史の言葉は、パレートナム課長補佐のことを慕っているのがよく分かるものであった。


「ただなぁ、本音を言えば第三課に異動したいって気も少しだけあるんだよ。まぁこの歳になって、(いち)からエーベルスタ語を学ぶのは無理っぽいから諦めてるが…」

「それってやはり、あのツキオカ男爵の動向を追いかけたいってことですか?」

「ああ、あの男は面白いぞ。共闘する羽目になったときには、年甲斐もなくワクワクしたぜ。もちろん、二度と敵対したくは無いがな」

「彼も会頭のことを一目置いた感じでしたよ。言動に会頭へのリスペクトが感じられました」

「だと嬉しいがな。できれば、あの男とまた一緒に仕事でもしたいものだ。もう会うことは無いかもしれんが…」

 実は、このチェリーナ女史は【認識阻害】のスキル持ちで、パレッタ氏がイザベラ・ハウゼンやサトル・ツキオカと会うときに、護衛として(ひそ)かに同行していたのだ。

 サトル・ツキオカがパレッタ氏の人格や能力を認めているのは、(はた)から見ていて一目瞭然だったようである。


 なお余談だが、【認識阻害】スキルは【耐鑑定】のような常時発動型ではなく、【鑑定】や【隠蔽】のように意識しないと発動しないタイプのスキルである。

 いや、そうでなければ実生活の上で困るだろう。常に『影の薄い』人物になってしまうので…。


 ・・・


 場面は再びゴルドレスタ帝国の宮殿に戻り、ここは宰相の執務室である。

「そろそろ大使がエーベルスタ王国の王宮と交渉を開始する頃合いか…」

 同じ部屋で執務を(おこな)っていた女性秘書は、それが自分に話しかけたものなのか、それとも独り言なのかが判然としなかったものの、とりあえず宰相へ返答した。

「そうですね。帝都を立ってから一か月ですから、予定ではすでに王都エベロンへ到着しているはずです」

「うむ。交渉結果は伝書鳩で連絡が入るはずだが、それでも時間がかかるのは如何(いかん)ともしがたいな」

「ええ、同意致します。それにしても、情報伝達の革命が起こったりはしないのでしょうか?一瞬で情報を伝達するような魔道具があれば素晴らしいのですが…」

 ()しくも通信魔道具の話題が出たのは、共時性(シンクロニシティ)が発動したのかもしれない。


「そんな夢物語のような装置など無いわ。いや、逆に他国がそういうものを発明したら、我が国は情報戦略において窮地に追い込まれることになるやもしれん」

「確かに…。とにかく、今は鳩の帰還を待つしかないということですね」

 いわゆる『鳥類(ちょうるい)キャリアによるIPデータグラムの伝送』だ。単に『伝書鳩』とも言う。


 ・・・


 このようにサトル・ツキオカは直接的・間接的に噂をされていたわけだが、彼のくしゃみが連発していたのかどうかは定かではない。

 まぁ、(けな)されるよりは()められることのほうが多かったみたいだし、もしも本人がこれらの会話を耳にした場合、きっと喜んだことだろう。


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