241 公爵家にて
「うむ、これは大変なものを作ったものだ。商業はもちろん、軍事や諜報活動での有用性は計り知れないぞ」
翌日、イザベラお嬢様と俺は二人でミュラー公爵家を訪れ、通信魔道具の説明とそのデモンストレーション(エリさんとの定時連絡)を行った。で、それを終えたあとのミュラー公爵の感想が上記のセリフだ。
なお、部屋の中にはミュラー公爵と俺たちの三人のみで、機密性に気を遣っていることが分かる。
「ミュラー閣下、私もツキオカ男爵もこの技術を大々的に公表するつもりはございません。さらに、この魔道具の販売によって利益を得ようとも思っておりません。あくまでも、この国のためにのみ、製品や技術をご提供致す所存でございます。なにとぞ王室へのお取次ぎをよろしくお願い申し上げます」
「その心がけ、誠に殊勝である。分かった。私に任せておきたまえ。ただ、明日には王都を立つつもりだったのだが、こうなると延期せざるを得ないな」
いや、申し訳ないです。てか、ギリギリのタイミングだったんだな。帝国からの帰国が少しでも遅れていれば、ミュラー閣下には(少なくとも今年中には)会えなかったよ。
「こちらがサンプルとなる一組の通信魔道具でございます。固有番号『9526700006』と『9526700007』となっており、相互に通信できるよう設定してあります。どうぞお納めいただきたくお願い申し上げます」
通称『6番』と『7番』だな。実は王都へ戻る旅の途中、空き時間にちょこちょこっと作っておいたものなのだ(護衛任務だけど、暇な時間が多かったし…)。
使用方法を記述した説明書については、昨日深夜までかかって大急ぎで書き上げたものだけどね。なので、寝不足気味だ(緊張のため眠気は感じてないけど)。
二台の通信魔道具、六個の予備カートリッジ、説明書という一式をミュラー閣下へと託した俺たちだった。
「うん、私はこれから急いで王城へ向かうよ。君たち二人は後日陛下に拝謁を許されることになるだろうけど、呼び出しがあればすぐに登城するように。それじゃ!」
俺たちの返事を聞く前に、風のように去っていったミュラー公爵。もちろん、通信魔道具一式を持って…。
あー、ビエトナスタ王国国防軍第二部(つまり、パレッタ氏)との密約について報告できなかったよ。説明の順番を間違えたな。
まぁ、もしも国王陛下に拝謁できるのなら、そこで直接ご報告するしかないだろうね。
ミュラー公爵と入れ替わるように、テレサお嬢様と侍女のローリーさんが応接室へと入ってきた。
「ツキオカ様、イザベラ様、お久しぶりでございます。たった今、お父様が血相を変えて王城へ向かいましたが、何か変事でもあったのでしょうか?」
「いえ、私が閣下に一つお願い事をしただけでございます。大したことではありませんので、ご心配なく」
いや、大したことかもしれないけど、言わないほうが良いと判断した。たとえテレサ様であってもだ。
あ、もちろん、ミュラー公爵が娘のテレサ様に教えるのは全然構わないけどね。
「あ、先日はうちの者をお茶会にお招きいただいたそうで、ありがとうございました。両名とも大層喜んでおりました」
「いえ、ごく小規模な茶会でしたので、あまりおもてなしもできず失礼致しました」
「そのお礼といっては何ですが、こちらのお菓子をお土産としてお持ち致しました。お口に合えばよろしいのですが」
4列×5行に仕切られた箱の中にミルクチョコレートが20粒、ぎっしりと敷き詰められたものを用意した。それを2箱ほど(40粒分)差し出した俺…。
ローリーさんが受け取って、箱の蓋を開け、その中身をテレサ様に示していた。二人とも心なしか顔が曇っているように見える。
まぁ、黒に近い茶色で、お菓子というには色合いが悪すぎるからね。初めてチョコレートを見た反応としては、納得できるものだ。
イザベラお嬢様がお二人の懸念を払拭するように発言した。
「これは、この世界初のお菓子で『チョコレート』と申します。天界の食べ物と言っても過言ではないほど、極上の味わいでございますよ」
『この世界』とか言っちゃってるじゃん。『この』は付けちゃダメでしょう。下手したら転生者であることがバレるよ。
「そ、そう?でしたら、お茶の用意を致しますので、おもたせで失礼ですがこの『ちょこれいと』なるものを一緒にいただくとしましょう。ローリー、準備をよろしくね」
「あ、ローリーさんもよろしければ、ぜひご一緒にどうぞ」
そう言った俺をちょっと恨めしそうな目で見たローリーさん。いや、本当に変な食べ物じゃないから…。
「そうね。ツキオカ様のお許しも出たことだし、ローリーも一緒に座ってちょうだい。イザベラ様のお言葉が本当かどうか一緒に確かめましょう」
ローリーさんを巻き添えにするつもりなのが見え見えのテレサ様だった。てか、そんな警戒しなくても…。
ほどなくして、四人分のお茶と、小さな皿に2粒ずつ並べられたチョコレートが各人の前に置かれた。たった2粒なのは、ローリーさんのせめてもの抵抗か。
「では、いただきましょう」
全員がまずはお茶を一口。
そして真っ先にチョコレートへ手を伸ばしたのはイザベラお嬢様だった。口に入れた瞬間、蕩けそうな表情になっちゃってるよ。
俺も一つ口に放り込む。うむ、美味い。昨晩も夕食後のデザートで食べたというのに、飽きがこない美味さだよ。
俺とイザベラお嬢様の様子を見て意を決したのか、テレサ様がチョコを手に持って、小さな口で端っこの部分に少しだけかじりついた。その瞬間、驚きに目を見張り、そのまま残りを口に入れた。
満面の笑みを浮かべたテレサ様。良かった。どうやらお口に合ったようだな。
ローリーさんも恐る恐るといった感じで口にしたあと、驚愕のあとの笑顔というパターンになったのは同じだった。
そして、瞬く間に皿の上は空っぽです。
「イザベラ様、『天界の食べ物』『極上の味わい』、まさに仰る通りでした。これはどちらのお店でご購入されたものですか?ぜひ、我が公爵家でも贔屓にしたいと思います」
「こちらの菓子ですが、ツキオカ男爵のご令妹様であるナナ・ツキオカ様が作られたものでございます。なお、原材料についてはツキオカ男爵の伝手で入手したもののようでして、私にもその調達先をお教えいただけないのですよ」
くっ、なかなかの策士だな。さすがはイザベラお嬢様だよ。この機会にカカオの入手先を聞き出そうってわけか。
「ツキオカ様、差し支えなければ詳細をお教えいただけないでしょうか?」
テレサ様のお願いでは、さすがに本当のことを言わざるを得ないか…。
「これはゴルドレスタ帝国の帝都で入手した『コーア』という木の実を焙煎し、それをすりつぶしたものに、砂糖やミルクを加えたものです。その製法については妹のナナだけが知っており、私にも不明です」
本当は木の実の状態ではなく、すでにカカオマス?いやカカオニブだっけ?とにかく、その状態まで出来上がっているものを買ってきたんだけどね。ただ、薬屋で薬として売られていたって言いたくなかったのだ。決してヤバい薬じゃないんだけど、やはり敬遠されるかもしれないから。
てか、イザベラお嬢様がジト目になってますね。申し訳ない。
「ということは、今日いただいたこの『ちょこれいと』は、とても貴重なものということですわね。ローリー、残りはいくつなのかしら?」
「一箱あたり20個入っておりまして、それが二箱で合計40個。今ここにお出ししたのが8個ですので、残りは32個でございます」
「そう、一日二回のお茶の時間に4個ずつ食べて、四日分ね」
「え?お嬢様、まさかお一人でお召し上がりになるつもりではないでしょうね?」
「何を言ってるの?私一人でいただくつもりよ。だって公爵家へのお土産なのですもの」
ローリーさんが絶望の表情になってるよ。なんだか、主従の仲が悪くなりそうで心配だ。あれ?なんだかデジャブーを感じる(誘拐事件のときも仲違いしそうになったよね)。
食い物の恨みって恐ろしいし、チョコが原因で喧嘩されると寝覚めが悪い。なので、こう言っておこう。
「あ、長期保存には向きませんので、早めにお召し上がりください。また、夏場は暑さで溶けやすいので、できるだけ涼しい所に保管してください。それと、また新しいチョコレートが完成したら持参致しますので、テレサ様とローリーさんのお二人で仲良くお召し上がりください」
「ごめんね、ローリー。今日いただいた分の残りは二人で分け合いましょう」
「はい、お嬢様。ありがとうございます」
二人とも笑顔だよ。ほっとした。
そして笑顔じゃない人物が一人…。あのぉ、怖いのですが、イザベラお嬢様…。




