236 チョコレート①
俺が一通りの話をし終わった後、ナナが言った。
「ふーん、なるほどねぇ。多分だけど、その日本人たちのお世話役をうちが仰せつかりそうだね」
そうなれば良いけどな。
「で、二人の女性は美人だったの?そこが重要なんだけど…」
「ああ、美人だったぞ。聖女であるホシノさんは勇者のサガワ君のことが好きみたいで、すでに尻に敷いていたけどね」
「賢者は?」
「クロダ先生は一見サダコさんみたいだったけど、実は美人だったってやつだな」
「ふーん」
何だ?その反応…。
ここで俺は、お土産として買ってきたある物を【アイテムボックス】から取り出してテーブルの上に置いた。
その中の一つの包みを開けると、そこにあったのは黒い塊だった。
「サトルさん、これはいったい何でしょうか?」
「この王都では売られていない、とある食べ物です。帝都では薬として売られていたものですが…」
俺は小さなナイフで塊の端っこを削り取り、ナナに手渡した。
鼻を近づけて匂いを嗅いだあと、ペロッと舌で舐めたナナは一瞬で驚愕の表情になった。
「お、お兄ちゃん!これって!」
「帝都では疲労回復や貧血、解熱などに効果がある薬として売られていたよ。1kgあたり1000ゴル、つまり10万ベルくらいだったけどな」
「ど、どのくらい買ってきたの?」
「帝都の薬屋を何軒も回って、ほとんど買い占めるくらいの勢いで買ってきたぞ。50kgほどある」
総額5万ゴル、つまり500万ベル分ってことだ。いや、決して後悔はしていない。そう、断じてだ!
ちなみに、1グラム1ゴル(100ベル)ってことは、薬としては安価なほうだけど、普通の食べ物としてはめっちゃ高価だな。
「うーん、素晴らしいお土産だよ。私はこれに砂糖やミルクを加えてチョコレートを作れば良いんだね?」
「ああ、頼むよ。ナナだったらきっと作れると確信していたからこそ、買ってきたんだからさ」
そう、実はこの塊って、純粋なカカオだったのだ。もっとも、ゴルドレスタ帝国での名称は『コーア』だったけどね。
「ちょこれいと?いつも二人の会話には謎の言葉が出てくるけど、何なの?それって」
サリーが不思議そうに聞いてきた。
「このままだとめっちゃ苦いけど、加工すれば美味しいお菓子になるんだよ」
まぁ、百聞は一見に如かずだな。現物を口に入れてもらえば、俺が説明するよりもずっと速く理解してもらえるはずだ。
「とりあえず、試しにこれを100gくらい使って作ってみるよ。あ、お兄ちゃんはあとで氷を出してね」
チョコを冷やして固めるために、【水魔法】の中級魔法である【クラッシュアイス】を発動してほしいと言ってるわけだ。うむ、お安い御用だよ。
あぁ、それにしても楽しみで仕方ない。こちらの世界に来てからは、一切口にできなかったチョコだからね。まさか帝都にカカオ(って名前じゃないけど…)があるとは思ってもみなかったよ。
ポーションの補充と価格調査のために訪れた薬屋で、本当にたまたま見つけたものなのだ。
「あ、これ冷蔵庫な。単なる箱だけど」
このタイミングで【アイテムボックス】から取り出した自作の冷蔵庫は、幅と奥行きが50cm、高さが1mくらいの直方体で、前面が扉になっている。扉の密閉性を高めるようにしたところが、かなり苦労した点だ。
扉を開くと上部に受け皿みたいな個所があり、そこに氷を入れられるようになっている。俺はすぐに【クラッシュアイス】を発動して、そこに砕かれた細かい氷を生成しておいた。
これで扉を閉めておけば、内部がキンキンに冷えるはずだ。
「さすがだね、お兄ちゃん。まぁ、できれば誰にでも使える魔道具にしてほしかったよ」
【クラッシュアイス】は中級魔法だから、魔道具化はハードルが高いのだよ。なので、これで勘弁してくれ。
このあと、キッチンで作業中のナナが意味不明の言葉を呟き始めた。
「これってカカオマスじゃなくてカカオバターを含んだカカオニブみたいだね。油分が分離されてなくて良かったよ。もしもカカオマスだったらカカオバターの代用品を色々試さないといけなかったからね」
湯煎にかけながら、少しずつ砂糖を加えて練り込んでいくナナ。
「レファイナーやコンチングができないし、テンパリングも素人だけど、そのくらいは勘弁してね」
ナナの言ってる単語の意味がさっぱり分からん。とりあえず大人しく待っておこう。
「まぁ、こんなところかな。本当はこんな短時間で作っちゃダメなんだろうけど、私が早く食べたいからね」
俺は鉄板を加工して作っておいたチョコを流し込むための型(もちろん、きれいに水洗いしておいたもの)をナナに手渡した。型のサイズは板チョコくらいで、作った数は10枚ほどだ。
「お兄ちゃん、用意が良いね。さすがだよ」
液状になったチョコレートを型に流し込み、それを冷蔵庫に入れていくナナ。
なお、冷蔵庫内には複数の棚(冷気が上から下ヘ通るように網状にしたもの)を作っている。なので、3枚の型(鉄板)を並べて配置するくらいは全く問題ない。てか、作ったチョコの量が型3枚分だったのだ。
さて、あとは固まるまで待つだけだな。
美味しそうな匂いが充満しているLDKでは、ダイニングテーブルに座っている人もリビングのソファに座っている人も、漏れなく全員がそわそわしていたよ。俺もだけど…。
そして2時間後、冷蔵庫を開けて中の様子を確認していたナナが、ついに完成したことを告げたのだった。
「うまく固まったみたいだね。さあ、試食の時間だよ」




