230 通信魔道具②
俺は【空間魔法】の初級魔法である【トランスミッション】を発動した。やはり10桁の数字が脳内に浮かぶ(以前に発動したときと同じ数字だ)。
ほとんどの魔法では照準が出現するので、それを発動対象に重ね合わせるんだけど、この魔法ではそれが出現しない。
今まではここで途方に暮れることになったわけだが、実は今回も途方に暮れている。…が、窓の外を見ながら通行人の一人に向かって(ゴルドレスタ語で)話しかけてみた。
『もしもし、あーテステス、聞こえますか、CQCQ』
…。
何も反応が無い…。どう見ても、ここには存在しない(見えない)誰かに話しかけている危ない奴って感じになってるよ(客観的に見て)。
…って、恥ずかしいな、これ…。
幸いなことに部屋の中には俺一人だったけどね。
うーん、この魔法って不特定多数の人へ音声を『伝達』するものではないのかもしれない。
通信相手は同じ【空間魔法】の魔術師だけなのかも…。
いや、だとしたら全く実験できないよ。いったいどうすりゃ良いんだ…。
余談だが、メフィストフェレス氏も【空間魔法】が使えるから、呼べば協力してもらえるとは思う。でも、こんなことで呼び出したらさすがに怒られそうだ。
ここでノックの音と共に(俺の返事を待たずに)イザベラお嬢様が入室してきた。ん?緊急事態かな?
「サトル君、通信機の目途は立ったかね?私はこの帝都中の初級魔法用『魔道基板』を大量に買い集めてきたぞ。くっくっく、これでまた大儲けだな」
悪の首領感満載のお嬢様だった。いや、まだ目途は立ってませんけど…(気が早過ぎるよ)。あと、俺が『魔道基板』に魔法陣を刻み付けるのは、お嬢様の中では確定事項なんですね。
「いえ、まだまだですよ。どうにも【トランスミッション】の動作が検証できなくて…」
「ふむ、私やエリも実験には付き合うぞ。今はどういう状況だ?」
俺はイザベラお嬢様へ現状を説明した。一人で悩んでいるよりも良い知恵が浮かぶかもしれないからね。
「その10桁の数字が【空間魔法】の魔術師固有のアドレスだと仮定しよう。君の数字を見てみると前半が全てゼロだから、おそらく一般人にはこのアドレスは割り当てられていないはずだ」
そうなのだ。俺の固有番号は『0000008431』だから、おそらく通算8431人目の【空間魔法】の魔術師ってことじゃないかと推測できる。
「でだ。通信相手が【トランスミッション】を発動しているときに、君のほうも発動した場合、脳内のリストに相手のアドレスが表示されるんじゃないか?無線LANのアクセスポイント一覧のように」
「なるほど。その可能性は高いですね。しかし、そうなると実験は難しいな。今まで俺以外の【空間魔法】の使い手を見たことがありませんし…。あ、メフィストフェレス氏は別として」
「いや、そこで魔道具だよ。もしかしたら『魔道基板』への魔法陣の刻み付けのときに、宛先と送り元のアドレスを指定できるかもしれないじゃないか。試してみる価値はあるぞ。ああ、『魔道基板』なら私が提供するから心配するな。失敗を恐れず試してみて欲しい」
おぉ。だったら、やってやろうじゃないですか。
俺は『魔道基板』を手に取って、初級魔法【トランスミッション】の魔法陣刻み付けを試行してみた。
しかし、最初の挑戦は失敗した。魔石と同じ形状の『魔道基板』の中心に亀裂が入ったことからそれが分かる。要するに、普通に失敗しただけだ(成功確率35%だからね)。
気を取り直して、別の『魔道基板』を手に取り、二回目の試行。
ん?パラメータ入力のため、一時停止した状態になってるよ。これは成功したのか?
パラメータは10桁の数字で、どうやら送り元、つまりこの『魔道基板』自体の固有番号みたいだ。ああ、どうしよう?他の【空間魔法】の魔術師とかぶっちゃダメなんだよな。
いや、待てよ。固有番号が連番であると仮定した場合、左端の数字を『9』にすれば絶対に重複はしないよね。もちろん、俺以外の【空間魔法】の魔術師が【細工】スキルを取得して同じように魔道具を製作した場合、固有番号の重複が発生するおそれはあるけど…。
…ってことで、パラメータは適当に『9000000001』にしてみた。
お?二つ目のパラメータ入力だ。今度は宛先の固有番号らしい。…ということは、電話のようにそのつど番号を入力して誰にでもかけられるってわけじゃなく、通信相手は固定されるってことか?
とりあえず、俺自身の固有番号『0000008431』にしておくか。まぁ、実験だからね。
これで『魔道基板』は完成したっぽい。うっすらと小さな魔法陣が『魔道基板』の中心部分に見えているよ。
「できたのかね?」
ワクワクした表情を隠そうともせず、イザベラお嬢様が俺の元へとにじり寄ってきた。…って近い、近い。
ビスクドールのような端整な顔(と言っても無表情ではなく、生気に満ち溢れた顔)がすぐそばまで近づいてきた。青い瞳にすっと通った鼻筋、愛らしい唇の美少女の顔が俺の顔のすぐ近くにある。
距離の近さに少しだけドキドキしながら、動揺を悟られないように平然とした態度でこう言った。
「多分、できたと思います。実験してみないと断言はできませんが」
返答しながらも手は止めず、『魔道スイッチ』や『魔石ケース』をミスリルコードで配線していく俺…。筐体は無く、剥き出しの配線だ(実験機材だから問題ない)。
「よし、とりあえずこれで動くと思います。イザベラお嬢様はここで待機をお願いできますか?俺は部屋の外から【トランスミッション】を発動してみますので」
『魔道スイッチ』をオンにしてから、部屋の外へ出てドアを閉めた。さぁ、どうなるかな?
俺のほうもめっちゃワクワクしてます。




