229 通信魔道具①
パレッタ商会から宿屋への帰路、馬車の中ではイザベラお嬢様が心配そうに俺に質問してきた。
「サトル君、あんな契約を勝手に結んでしまって大丈夫なのか?王宮の許可も取らずに…」
確かに、自国(エーベルスタ王国)の貴族(俺)が他国(ビエトナスタ王国)の戦争に義勇兵として参戦することを勝手に約束するなんて、後々かなりの問題になるだろう。
でも大丈夫…。
「今回の依頼を受注するにあたって、王宮からこういう文書を発行してもらいました」
俺は【アイテムボックス】から取り出した一枚の書類をイザベラお嬢様へ手渡した。
そこに書かれていた内容の要約は以下の通り。
・ツキオカ男爵(以下、甲とする)はエーベルスタ王国(以下、乙とする)と敵対しない限りにおいて、最大限の自由裁量権を持つものとする。
・甲の決定が乙の承認を必要とするものである場合、乙は検討の後、承認の可否を速やかに決定しなければならない。ただし、緊急時には事後承認であっても有効とする。
・甲は乙に対して損害を与えないようにしなければならない。これを破った場合の罰則については、別途交渉の場を設けるものとする。
・甲は自らの能力を交渉材料とする場合においてのみ、他国との交渉権を持つものとする。
「なにしろ電話も無線機も無いですしね。帝国との交渉において、いちいち王宮の意向を確認するような手間はかけられませんよ」
「なるほど。冒険者ギルドの依頼で来ているだけであって、全権を委任された大使ってわけじゃないもんな。うむ、この書類を発行してもらったのは見事な判断だったと思うぞ」
そう、パレッタ氏との契約って、エーベルスタ王国に損失を生じさせるような内容じゃないからね。俺が面倒くさいことになる(かもしれない)だけなのだ。
「お嬢様、サトル様。『でんわ』や『むせんき』って何ですか?差し支えなければお教えください」
エリさんが不思議そうに質問してきた。おっと、さっきは口が滑ったよ。エリさんがこれらの単語を知らないのは当然だ。
「えっと、遠隔地に離れている人間同士が会話できるような装置ですよ。帝国にも王国にも存在しませんけどね」
「それは素晴らしいですね。サトル様はその装置を製作なさらないのでしょうか?」
「ええ、作らないのではなく、残念ながら作れないのです。電気を魔力に置き換えて、電波を何か別のもので代用すればできるかもしれませんが…」
魔法を応用して、魔道具としての通信機を作ってみたいのは山々だけどね。
これを聞いたイザベラお嬢様が重大なヒントを与えてくれた。
「確か【空間魔法】には、音声を離れた場所へと伝達する魔法があったような気がするぞ。【空間魔法】自体が希少中の希少だから、文献も少なくて、よく分かっていないらしいけどな」
【空間魔法】のメニュー表示の中には【バリア】や【ジャンプ】等、その言葉だけでどういう魔法なのか判断できるようなものがある。でも【トランスミッション】というよく分からない魔法もあったのだ(表示されているってことは、初級魔法なんだけど)。
これは以前に何回か発動してみたものの、その効果が全く分からなかった魔法だ。車の変速機かな?とか思ったり…(そんなわけがない)。
もしかして、『伝達』を意味するトランスミッションなのか?
発動に成功すると意味の分からない10桁の数字が頭に浮かぶのだが、それって自分自身の固有番号だったりして…(常に同じ数字だったし)。
…ってことは、【トランスミッション】の魔法を【細工】で魔道具化すれば、通信機が作れるのではないだろうか?これは実現できれば、かなりすごいことですよ。画期的、いや革命的!
俺が考え込んでしまったのを見たイザベラお嬢様がぼそっと小声で呟いた。
「この分だと通信機が完成するのは時間の問題だな。急いで初級魔法用の『魔道基板』を買い集めないと…」
・・・
宿屋に戻った俺たちにできることはほとんど無い。
聖女からの連絡を待つか、パレッタ氏からの連絡を待つか、それくらいだ。
この暇な時間を使って『通信魔道具』の製作に挑戦してみるか。
俺は常に【アイテムボックス】にストックしている初級魔法用の『魔道基板』やその他の素材(『魔道スイッチ』や『魔石ケース』等)を自室のテーブル上に広げた。
まずは『魔道基板』への魔法陣の刻み付けを行う。もちろん【トランスミッション】の魔法だ。
現在の俺の【空間魔法】のスキルレベルは36、【細工】は65だ。…ってことで、成功確率は約35%ということになる。
3回試せば1回は成功するって確率だな。あ、でも通信機ってことは最低でも二台必要だから、『魔道基板』が6個くらいは要るかもしれないね。
…っとここで、はっと気づいた。
本当に【トランスミッション】の魔法でうまくいくのだろうか?事前に実験すべきでは?
だって『魔道基板』ってかなり高価なものだからね。一つでもムダにしたくない…。




