220 クロムエスタ神国
「あの狙撃手ですが、身元は判明したのでしょうか?」
俺の疑問にはエリさんが即座に答えてくれた。
「申し上げるのを失念しておりましたが、あの暗殺者を【鑑定】した結果、職業は『クロムエスタ神国諜報部員』と表示されておりました」
「ははぁ、なるほどなぁ。彼の宗教国家にとって、『聖女』を自称する存在が他国に存在することは許せなかったのだろう。クロムエスタ神国であれば、納得できる」
「何ですか?そのなんとか神国って」
「サトル君はもう少し周辺国家のことを勉強したまえ。貴族にとっては必須知識だぞ」
このあとイザベラお嬢様から教えていただいた内容をまとめると以下の通りだった。
・クロムエスタ神国はクロム教という宗教の総本山である。
・クロム教はこの大陸で広く信じられている宗教であり、クロムとは古語で『神の御子』を意味する。
・領土は極めて小さく、その位置はゴルドレスタ帝国の中にポツンと存在している(バチカン市国みたいな感じかな?)。
・公用語はゴルドレスタ語である。
・各国の教会に勤める神官は、この国から派遣されている者と現地採用されている者の二種類が存在する。
・教会の上層部は、そのほとんどがクロムエスタ神国からの派遣神官である。
・民衆に広く支持されている宗教であるため、各国政府はクロムエスタ神国の意向を無視できない。つまり、かなりの影響力を持っている宗教国家ということだ。
「なるほど。よく分かりました。聖女のホシノさんではなく、賢者が狙撃されたのは彼女を【鑑定】できなかったためでしょうね。女性ということで、短絡的に『聖女』だと思ったのかもしれません」
「ああ、おそらくな。あと本来の聖女のほうは、それほど脅威にならないと判断されたのではないかな?ホシノ君のステータスは、クロムエスタ神国にとっては割とありふれたものだと思うしな」
ああ、そう言えば、教会の中堅神官並みって言ってたっけ?
「しかし、今回の襲撃事件は国際問題になりますよね?大丈夫なんでしょうか?」
「甚だ遺憾なことに、帝国は『遺憾の意』を表明するだけで終わると思うぞ。要するに、あの国はアンタッチャブルなのだよ」
不可触(触れるべからず)って…。それじゃやりたい放題じゃん。
「もちろん、あの狙撃手は極刑だろう。だが殉教者として、嬉々として処刑の場におもむくことだろうよ。全く宗教ってのはどうしようもないな。まさかサトル君はクロム教の信者ではあるまいな?」
「もちろんですよ。浄土真宗大谷派だったのですが、それほど熱心な信徒というわけではありません」
「くっくっく、懐かしいな。私も真宗だったが、西本願寺派だったよ」
ここでエリさんが口を挟んできた。
「お嬢様もサトル様も何を仰っているのか分かりかねます。ご説明願えますか?」
「いえ、ニッポン国に存在している宗教の話ですよ。お気になさらず」
つい、仏教の話をしてしまったよ。まぁ、エリさんに聞かれても問題は無いと確信してるんだけどね。
「ただ、あの狙撃手が単独犯であって、背後に誰もいないとは簡単には判断できないぞ。あの男に情報を漏らした人物が帝国上層部にいるのかもしれん。いや、その人物とは勇者や聖女である可能性すらある。まぁ、聖女では無いだろうがな」
「ああ、帝国政府内に召喚反対派みたいな派閥があるのかもしれませんね。もしくは、召喚を主導したグループの権力が増大するのを防ぎたいとか…ですかね?」
「まぁ、そのあたりはこの国の警察が捜査するだろうよ。単独犯という可能性もあるしな」
「はい、俺たちはあくまでも部外者ですからね。ただ、ホシノさんたちの身に危険が迫るのであれば、なんとか助けてあげたいです」
同胞である上、勇者や聖女は高校生くらいの子供だしな。賢者の歳は分からなかったけど…。




