216 召喚された賢者
勇者や聖女の乗るものと同型の豪華な小型馬車には一人の女性が座っていた。
長い黒髪はとても美しいんだけど、度の強い丸眼鏡をかけているせいか、その表情を窺い知ることは難しい。少し俯き加減だしな。
もしも眼鏡が無ければ、『さ』で始まるホラー映画の有名人に似ているかもしれない。
聖女のほうは不貞腐れた感じだったけど、こちらはおどおどした小心者の雰囲気だ。
当然、すぐに【鑑定】して、結果を書き記した。
・名前:サチ・クロダ(黒田 沙智)
・種族:人族
・状態:健康
・職業:賢者
・スキル:
・言語翻訳 91/100
・鑑定 88/100
・耐鑑定 93/100
・魔法抵抗 93/120
・隠蔽 86/100
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・火魔法 0/110
・水魔法 0/110
・風魔法 0/110
・土魔法 0/110
三人目は『賢者』か…。俺の【鑑定】のスキルレベルは魔装具(帝国に来てからこの帝都の魔装具店で購入した)によって100になっているんだけど、リアル値は91なので危なかった(賢者の【耐鑑定】が、俺の【鑑定】のリアル値を上回っているのだ)。
諜報任務なればこそ、【鑑定】のスキルレベルを魔装具で底上げしておいて良かったよ。
あれ、魔法の素質はあるのに、何で【コーチング】してもらってないのかな?実にもったいない。しかも四属性なのに…。
てか、【魔法抵抗】のスキルレベルが素晴らしいな。上級魔法ですら73%の確率で抵抗できるじゃん(初級と中級の魔法は100%抵抗可)。
「サダコかと思ったが、名前はサチか。勇者や聖女が人の枠内に収まっているのに対して、賢者はそれを超えているな。まぁサトル君ほどではないがな」
俺から奪い取ったスキルノートをパラパラとめくりながら、イザベラお嬢様が言った。ちょっ、返してくださいよ。てか、めっちゃ個人情報!
「お嬢様、サトル様のステータスはあの賢者よりもすごいのですか?」
「ああ、異常すぎて、『魔王』と言っても良いくらいだ。いや、本当に『魔王』なのかもな。少なくとも人の枠からは、はみ出ているぞ」
…って、人外認定しないで貰えますかね?俺は人間ですよ。
ここで俺は先ほど浮かんだ疑問を口にした。
「でも何で魔法の【コーチング】を受けていないのでしょうね?せっかく魔法の素質があるのに…」
「ふむ、この国の魔術師では【コーチング】できなかったと見るのが妥当な線じゃないか?でなければ、不自然すぎる」
なるほど。転移者だからこそ、何らかの制約があるのかもしれないな。
これは勇者や聖女も同様なのかもしれない。あれ?俺のほうは全く問題なく、新しいスキルを覚えることができたけど…(【棍術】や【細工】等)。
異世界転移に関する文献がエーベルスタ王国には存在しなかった(王都の図書館で調べた結果)ので、分からないことが多すぎるのだ。明日にでもこの帝都にある図書館を訪れてみようかな。
「とにかく現時点では、彼女が周辺国にとっての脅威にならないことが判明したな。これでサトル君の調査も終わったんじゃないか?私たちと一緒に帰国できるよな?」
イザベラお嬢様からの問い掛けに、少し考え込んでしまった俺…。あの三人と何とかコンタクトを取れないものだろうか。
「いえ、ここまではエーベルスタ王国の密偵でも取得できた情報でしょうし、俺がここへ来た意義はほとんど無いと思います。なので、やはり彼らの中で一人でも良いので、接触を図りたいところですね」
俺がそう言った瞬間だった。
はす向かいにある建物の三階部分の窓が大きく開け放たれ、そこからクロスボウを構えた人物が姿を現したのだ。思考をまとめるため、視線が少し上のほうを向いていたからこそ気づけたんだけどね。
そして、そのクロスボウが向けられている先は、馬車の上にいる『賢者』の女性だったのだ。




