212 賠償金請求
俺はここへ来た本来の目的を果たすため、パレッタ氏に質問した。
『ニホン人のことはひとまず置いておいて、別件なんですが、パレッタさんはこの国の貴族に何らかの伝手をお持ちではありませんか?貴族がらみの話で、ちょっと口を利いてもらいたい案件がありまして…』
『ふむ。一応、いくつかの貴族とは商会としての取引があるが…。口利きを頼むにはそれ相応の謝礼が必要になるぞ』
俺はスピルナ武器店と男爵家六男(すでに除籍されているけど…)の話をパレッタ氏に説明した。
『その男爵家であれば寄親である侯爵家の当主とは面識があるな。ふむ、その男爵家に賠償金を出させて、そこから侯爵家が3割ほど中抜きすることを承諾してもらえるのなら、話の持っていきようはある。あと、その男爵家の領地経営が苦しくなれば、僅かだが帝国自体の国力低下にも繋がるしな』
なるほど。寄親である侯爵家から命令されれば、男爵家当主は賠償金を出さざるを得ない。
その侯爵家は賠償金の3割を得られて儲かる。
スピルナ武器店の店長さんにとっては賠償金が7割に減額されるものの、賠償金無しよりは遥かにマシだ。
その男爵家の領民には気の毒だけど、民の不満が高まることは帝国の国力低下にも繋がる。これはエーベルスタ王国やビエトナスタ王国など帝国の周辺国としては望ましい状況だ。
『パレッタさん、被害額の見積りについては早急に作成しますので、侯爵家への根回しをお願いしてもよろしいでしょうか?あ、もちろん、パレッタさんの受け取る報酬として、賠償金の1割を中抜きしても構いません』
店長さんの受け取る額が6割に減るけど、それは仕方ないだろう。誰しも無償労働はしたくないはずだ。
『賠償金の総額はざっくり100万ゴル以上にはなるんだろう?そんな旨い話を断る理由はない。この商会の活動資金にもなってありがたい話だ。最近、第二部の予算が削減されててなぁ』
あ、それってビエトナスタ王国からアインホールド伯爵家へ支払うことになった莫大な賠償金のせいだろうか…。
てか、パレッタさん、そんな内情を愚痴ったらダメだと思いますよ。うん、聞かなかったことにしよう。
・・・
その後、一旦は宿屋へ帰ってから、俺だけすぐに店長さんの家へ再訪問し、被害額の見積りを依頼した。
店長さんは渋っていたけど、奥さんやオウカさんと一緒に説得したよ。大恩ある男爵家って言ってたから、損害賠償を請求することには心理的な抵抗があるのだろう。
でも、子の不始末は親の責任だよね。連座制度が適用されないだけでもありがたいと思えって話だよ。
店舗内にあった武器(商品)の目録だけは、火事の際に首尾よく持ち出せたそうだ。あと、店舗内にあった現金(100ゴル札)もおおよそは把握できているらしい。
なので、正確な額は不明だが、大体の被害額はすぐに算出できた。
火事で失われた商品については、売上(売価)ベースで92万ゴル、原価(仕入値)ベースでは57万ゴルになるらしい。
焼けた現金(100ゴル札)は約23万ゴル。
店舗の建物自体の資産価値が約20万ゴルで、焼け跡の片づけにも費用が掛かる(ざっくり見積もって1万ゴル)。
両隣の店への補償も必要だ(2店舗分で10万ゴル)。
これらから、被害額の総額は146万ゴル(売上ベース)または111万ゴル(原価ベース)ということになる。かなりの額だな(1億4千6百万ベルか1億1千1百万ベルってことだ)。
『損害賠償請求は売上ベースの146万ゴルで交渉しますが、その4割は間に入ってくださる方々への手数料として差っ引かれることになります。なので、うまくいって約88万ゴルを得られるということになりますね。かなりの赤字になって申し訳ないのですが…』
『いえいえ、十分でございます。迷惑をおかけしたお隣さんへ補償できることがなによりも嬉しいです。お手数をおかけして大変申し訳ありませんが、何卒よろしくお願い申し上げます』
ここで同席していたオウカさんが俺に質問してきた。
『お客さんの取り分はいくらっすか?』
『ああ、信じていただけないかもしれませんが、ゼロですよ。俺は冒険者なので、冒険者ギルドの依頼達成による報酬しか受け取りませんし、そのことに誇りを持っていますから…』
男爵としての収入もあるから、半分は嘘なんだけどね。要するに、店長さん夫妻に気を遣わせたくないのだ。
『得られた賠償金の中からお礼を差し上げても失礼にならないでしょうか?タダ働きなど、させるわけには参りません』
『いえ、本当に無償で結構です。俺の趣味とでも思ってください』
店長さんの申し出を即座に断った俺…。
この世界に転移した直後だったらありがたく礼金をいただいたと思うけど、今は全くお金に困ってないからなぁ。
『とにかく男爵家が支出した金額がいくらで、寄親の侯爵家がいくら中抜きして、口を利いてくれた商人がいくら手数料を取ったのか等の明細は後日、現金と共に持参しますよ』
こう締めくくった俺だった。




