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209 放火

 『くノ一』である彼女の名前はエリ・ヴォルザー。

 準男爵家ヴォルザー家の長女らしい。で、ハウゼン侯爵家の侍女として働いていたのが表の顔。しかして裏の顔は、暗部としての影働きだそうだ。

 てか、ヴォルザー家は代々そういう人材をハウゼン家へと提供するための家らしい。

 ハニートラップ(ハニトラ)のためでもあるのだろう、巨乳で美人の年齢不詳なお姉さんである。20代後半くらいかな?30歳は超えていないと思う(女性の歳は本当に分からん)。

 しかも、俺の【鑑定】をはじいたんだよな(ステータスが見えないのだ)。


「エリさん、まずはスピルナ武器店の火事の件、放火の可能性も含めて探っていただけますか?」

「承知しました。明日の朝までお待ちください」

 …って、(はや)っ!

「サトル君、彼女のハウゼン家への貢献は大したものだぞ。うちの屋敷の門の一つに『エリ門』と名付けても良いくらいだ。服部半蔵の『半蔵門』のようにな」

「いえ、侯爵家の没落を防げなかった時点で、そのような評価は過大でございます。『はんぞうもん』という言葉の意味は分かりかねますが…」

 俺とナナにしか通じない単語を使うんじゃないよ。

 まぁ、イザベラお嬢様がエリさんのことを信頼していることだけは、とてもよく分かったけどね。


 ・・・


 翌朝の朝食の席、エリさんが俺の斜め後ろの死角になっている位置に現れた。心臓に悪いので登場の仕方を考えて欲しいものだ。

「サトル様、スピルナ武器店の火事はご想像通り放火でございました。その実行犯はすでに確保しておりますし、主犯である依頼者につきましてもすでに【闇魔法】を使って自白させております」

「やはり、男爵家六男の元・従業員でしたか?」

「左様でございます。主犯の身柄確保はいかが致しましょうか?」

「そうですね。平民だったら警察に通報して逮捕してもらうのですが、貴族の一員ともなるとちょっと難しいかも…」


 ここでイザベラお嬢様が口を挟んできた。

「帝国貴族に知己(ちき)がいないわけではないが、私の両親と面識があるだけで、私自身はその貴族と会ったことが無いのだよ。アインホールド伯やミュラー公爵閣下の知り合いならきっといると思うのだがね」

 そういえば以前、アインホールド伯爵様が言ってたな。ゴルドレスタ帝国に伝手(つて)があると…。

 しかし、だとしてもエーベルスタ王国への通信手段が無いんだよな。有線または無線の電話みたいなやつを魔道具で作れないものかね?


「放火の実行犯については口封じに殺される可能性があるとはいえ、やはりここは警察に身柄を引き渡しておきましょう。同時に主犯についての情報も伝えておいてください。全てエリさんにお任せしても良いですかね?」

「もちろんでございます。おそらくサトル様はこの国で目立つことができないのだと推察申し上げます。全ては配下である私にお任せくださいませ」

 めっちゃ頼もしいな。将来に渡って、俺の部下に欲しい人材だよ。もっともイザベラお嬢様が絶対に手放さないだろうけど…。

 あと、俺のほうはスピルナ武器店を再訪問して、店長さんやオウカさんの現状を確認しておこう。火傷や怪我を負っているかもしれないしね。


 ・・・


 このあと俺はスピルナ武器店のあった跡地へと訪れた。焼け跡は(いま)だに片付けられていないようだ。さらに、その両隣の商店も半焼していた。

 この国に火災保険の制度ってあるのかな?(ちなみにエーベルスタ王国には無いし、そもそも『保険』という概念すら存在していない)

 で、調べた結果、火災保険(てか、保険制度自体)はゴルドレスタ帝国にも無かったよ。つまり、火事などの災難から再起を図るのは難しいってことだ(かなりの貯金があれば別だけど)。


 近所の住人に聞き込みをした結果、店長さんの現在の住まいが判明した。近くの安アパートの一室を借りているそうだ。さらにその隣の部屋にはオウカさんも住んでいるとのこと。

 てか、オウカさんの部屋の隣に、焼け出された店長さん一家が引っ越してきたって感じらしい。

 俺が二階建てのアパートへ近づくと、ちょうど階段を降りてきた女性と鉢合わせた。

『オウカさん』

『え?あぁ、以前店に来られたお客さんっすか。ジッテ持ちのお客さんですよね?』

『はい。店が火事になったと聞いて、お見舞いにやって参りました』

『そりゃ、ありがたいことです。店長の火傷の具合が悪いので、今からポーションを買いに行くところだったんすよ』

 オウカさんから詳しい事情を聞いてみた。

 店が火事になったのは深夜で、熟睡していたため逃げ遅れてしまい、店長さんはかなりの火傷を負ったそうだ。一緒に寝ていた奥さんに怪我が無かったのが不幸中の幸いだったらしい(奥さんを守るために店長さんが被害を一身にかぶったとも言える)。


 その火傷は中級の治癒ポーションでも完全には治りきらず、追加で治癒ポーションを買いに行こうとしたところに俺と出くわしたってことだそうだ。

『俺に()させていただけませんか?』

『へ?お客さんはお医者さんですか?』

『いえ、【光魔法】を使うことができる魔術師です』

 オウカさんと俺は連れ立って、店長さんの部屋を訪問した。奥さんは優しそうな方だったが、心労または看病疲れなのか、かなり憔悴していた。


 布団から起き上がろうとした店長さんにそのまま横になっているように言ってから、俺は【光魔法】中級の【グレーターヒール】を発動した。これは治癒ポーションで言えば、『上級』に匹敵する効果がある。

 火傷の痛みに苦しんでいた店長さんは完全に治癒された状態になり、すぐに起き上がるや否や布団の上で土下座した。

『ありがとうございました。このご恩は一生忘れません。ただ、料金のお支払いに関しましては、どうか猶予をいただきたくお願い申し上げます』

『どうか顔を上げてください。この程度の魔法、無償で構いませんよ。ご縁があったということでご納得ください』

 店長さんも奥さんもオウカさんも驚愕の表情だ。

 なんでも教会の神官に頼むと【グレーターヒール】一回で1万ゴル(約100万ベル)ほどの寄付を強要されるらしい(ぼったくりじゃん)。


『お客様はどうしてここへ?』

『一つ目の目的は先ほど達成しました。もしも怪我人がいたら治癒するつもりで来たのです』

『ほかにもあるのですか?』

『ええ、あなた方の店の火事はどうやら放火だったようです。それをお伝えするために参りました』

『!!!』

 俺の話を聞いていた三人全員が絶句した。


『放火…。なぜ…』

 店長さんが声を絞り出していたのが痛々しい。

 人の悪意によって一瞬で全ての財産を失ったのだ。いや、金貨だったら火事で溶けることはあっても価値が失われることは無いのだが、店にあった100ゴル紙幣は全て焼けて炭になってしまったらしい。

 さらに店に展示していた武器についても、焼け焦げて再生不可能だそうだ。

 なんとかしてやりたいが、俺はこの国の貴族じゃないしな。

 うーん、イザベラお嬢様の知恵を借りるしかないか…。


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