208 火事
『ご迷惑をおかけして、大変申し訳ありません。お詫びにこちらの短剣につきましては無償でお譲りさせていただきます』
店長さんがそう申し出てくれたけど、そういうわけにはいかないよ。きちんと1万7千ゴルをお支払いしました。
『お客さん、手に持っているそれってジッテですよね?』
『ええ、そうです。十手ですね』
ん?なんか違和感…。ジッテって言った?
『あの、エーベルスタ王国ではジュッテと呼ばれていたのですが、こちらの国ではジッテと呼ぶのでしょうか?』
テレビの時代劇でもジュッテだったような気がするんだけど…。うーん、ちょっと記憶が曖昧…。
『はい、ジッテですよ。まぁ、人にもよりますが、ジュッテと呼ぶ人も確かにいますけどね』
そうなんだ。まぁ、どっちでも良いか…。
俺はあらためてこの女の子を【鑑定】してみた。
・名前:オウカ(桜花)
・種族:ドワーフ族
・状態:健康
・職業:鍛冶師
・スキル:
・鑑定 41/100
・耐鑑定 27/100
・操車術 31/100
・斧術 52/100
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・鍛冶 68/120
おぉ!【鍛冶】スキルの上限が120だよ。これは将来が楽しみだね。
いや、それよりも名前の横に漢字が表示されているのは何なんですか?ドワーフ族の特徴なのかな?
『この子はオウカと申しまして、なかなかの鍛冶師なのですよ。【鍛冶】のスキルレベルが90以上になれば、自分の作品に銘を入れられるようになるのですけどね』
へぇ、勝手に銘を彫り込んじゃダメなのか。さっき買った短剣って、柄に隠された部分に自分の銘を入れているのだと思ってたよ。
『なるほど。俺が買った短剣は現状では無銘なのですね。…って、普通に流していましたけど、さっきの男の捨て台詞は大丈夫なのですか?』
『ああ、大丈夫ですよ。あの男の父親である男爵様はできたお方ですから…』
うーん、本当に大丈夫なのだろうか?父親に相手にされなかったとしても、自分で破落戸を雇って報復に来たりしないかな?
目立つ行動はできるだけ避けたいけど、少しばかり首を突っ込んだ以上は『何かあれば助けてあげたい』と思っている俺がいる。そして、後日この懸念は現実のものとなった…。
・・・
『なぁなぁ、聞いたか?スピルナ武器店が焼けちまったそうだぞ。なんでも店が丸焼けだそうだ。やっぱ鍛冶で使う炉が出火元なんだろうな。気ぃつけてほしいもんだぜ、まったく』
宿屋の1階にある食堂でイザベラお嬢様と向かい合わせに座って朝食を摂っていた俺の耳に、不穏な会話が聞こえてきた。
俺の顔色が変わったことにすぐに気づいたイザベラお嬢様が軽い調子で訊いてきた。ちなみにエーベルスタ語による会話だ。
「サトル君、どうした?」
「隣の席の男たちの会話が聞こえてきたのですが…」
俺は小声で三日前の出来事を伝えた。
「ふむ、それは怪しいな。放火かもしれん」
「やはりそう思いますか…。やはり見て見ぬふりはできませんよね」
諜報活動中に目立つのはご法度なのだが、それでも店長さんやオウカさんのことが心配だ。
「なぁ、サトル君。一緒にこの国へ来た商会員の中には元・ハウゼン侯爵家の暗部の人間がいるのだよ。【忍術】という何とも日本的なスキルを持つ女性だ。彼女を貸そうか?」
「に、忍術ですって?忍者、いや女性だから『くノ一』ってことですか…。それはすごいですね」
俺はイザベラお嬢様からの申し出をありがたく受けることにした。で、その彼女はいつの間にか音もなく俺の背後に立っていたよ。気づいた瞬間、心臓が止まるかと思った…。
「お嬢様、現時点よりこの身はサトル・ツキオカ様の配下ということでよろしいですね?」
「ええ、お願いね。あなたの能力があれば、この火事の真相だけじゃなく、彼の受注している仕事だってすぐに片付くかもしれないわ。そうなれば王国への帰路についても、彼とご一緒できるでしょう?」
え?勇者召喚の件も手伝ってもらえるの?それはめっちゃありがたいです。




