205 対ヒュドラ戦
カミーラさんがこの場の司令塔としてテキパキと指示を出している。いつもはマクベス氏が指揮を執るんだけど、相手がヒュドラだからなぁ。
「あいつの毒息吹の射程は約10メートル。絶対に近づかせちゃダメよ。五人以上の魔術師がいれば、時間差で全部の首を落としていくことで倒せるんだけど…」
「イザベラお嬢様の『魔道ライフル』で奴の胴体部分を攻撃してもらいましょう。抵抗される確率は72%ですが、何発も撃てばダメージを与えられるはずですから」
いつの間にか俺の斜め後ろにいたのだろう。すぐ近くからイザベラお嬢様の声が聞こえた。
「ああ、良いぞ。この距離なら必中だ」
うぉ、ビックリした。いつの間に背後に…。
ちなみに、首ではなく胴体を狙う理由は、当てやすいからだ。9本の首はそれぞれうねうねと常に動いているので、魔法発動に慣れた魔術師ならともかく、魔道武器で狙うのは難易度が高いからね。
カミーラさんが俺に言った。
「あいつの進行を遅らせたいのだけど、【フラッシュ】をお願いしても良いかしら?」
「了解です。皆さんに影響を及ぼさないよう、魔法ではなく魔道具を使います」
俺は【アイテムボックス】から『閃光銃』を取り出した。
ちなみに、こいつはナナの持っているやつを借りたわけじゃないよ。実は、もう一台同じ性能のものを作ったのだ。外装の色は違うけどね。
全体の色は黄色で、ラッパ状になっている部分の側面には、黒い丸とその中に虎の絵が描かれている。
「おいおい、サトル君。阪神の応援メガホンかよ。いや、虎の絵じゃなくて猫だから違うな」
し、失礼な!猫じゃありません、虎ですよ。てか、俺が絵を描いたんだけどね。
「可愛い猫ちゃん!それって【フラッシュ】の魔道具なの?」
「はい。これで奴の視力を奪います」
俺はそう言うと、即座にヒュドラに向けて引き鉄を引いた。猫ちゃんじゃないけどね。
ピカッ!
カメラのフラッシュを焚いたかのような閃光がヒュドラに向けて放たれた。全ての首が俺たちを注視していたのだろう。奴はその場で動けなくなった。
「イザベラお嬢様、お願いします」
俺の言葉を聞いて『魔道ライフル』を立射で構えたイザベラお嬢様が【ストーンライフル】の魔法を連続で発動し始めた。
一つ目の魔石カートリッジを使い切り、二つ目のカートリッジに交換したあとも、さらに撃ち続けているイザベラお嬢様…。2秒に1発くらいの発動間隔だ。
カミーラさんと俺も援護のために首の部分を初級魔法で攻撃する。ただ、こちらはすぐに再生が始まってしまうけどね。
ちなみに、再生後の首は【フラッシュ】の目潰しからは回復しているみたいなので、【ウインドカッター】とは別に『閃光銃』も定期的に撃っている。
あと、マクベス氏は俺たちの前で槍を構えて盾役となっている。一見働いていないように見えるけど、魔術師が最前線で矢面に立つのを防ぐという意味では(精神的に)ありがたい存在だ。
そして、ついにそのときは訪れた。
イザベラお嬢様の放った『魔道ライフル』の攻撃が奴の胴体部分を貫通したのだ。体液を噴き出しつつ、痛みにのたうち回るヒュドラ。
さらにもう一発【ストーンライフル】の弾丸がヒュドラへと吸い込まれていった。運の良いことに連続で抵抗されなかったようだ。
断末魔のあがきなのか、まだ残っている首から毒息吹が吐き出され、奴の周りを黒い毒霧が覆っているのが見える。
鎌首を上げていたヒュドラの首が全て地面へと横たえられた。うん、どうやら倒せたかな?
風で毒霧が晴れるまで近づくことができない。俺の【ウインドブラスト】で吹き飛ばしても良いんだけど、無駄に魔力を消費することもないからね。
しばらく大人しく待っていると、黒い靄状の毒霧は消え去った。
「イザベラ様、ありがとうございました。本当に助かりました」
カミーラさんがイザベラお嬢様へお礼を言っていた。
「なんのなんの。これくらい別に大したことじゃないさ。逆に私が活躍できて嬉しいよ」
てか、本当に嬉しそうだ。
「君もなかなかやるわね。とてもFランクとは思えないわ」
「ありがとうございます。でも第一の勲功はイザベラお嬢様ですよね。あと、カミーラさんの指揮も素晴らしかったです」
「ふふ、ありがと。それにしても君の使っていたその魔道具って、ちょっと良いわね」
カミーラさんが俺の『閃光銃』を羨ましそうに見ていた。
マクベス氏も同意見のようで、こう言った。
「その魔道具って、どこで買ったんだい?カミーラに装備させたいのだが」
「これは自作なんですよ。あと、一般販売することは禁じられていますので、残念ですがお売りできません」
アインホールド伯爵様からは魔道武器に準じる扱いって言われたからね。まぁ、警吏本部には導入するみたいだけど…。
「なぁ、サトル君。うちの商会でその魔道具を取り扱いたいのだが、ダメかな?」
「ダメです。もしも犯罪者の手に渡ったら、かなりの脅威になりますから」
「うーん、確かにな。ちなみに、その猫の絵は君が描いたのか?」
猫じゃなくて虎だっつーの。猛虎軍のマークを描いたつもりなんですけど?
「テレビのバラエティで『画伯』と呼ばれるような絵だよな。いわゆる『へたうま』ってやつだ」
「可愛い猫ちゃんですよね。『テレビのバラエティ』がどういう意味なのかは分かりませんけど」
カミーラさんにも猫にしか見えないらしい。おかしい…。俺は虎の絵を描いたはずなのだが…。




