199 スキル構成①
侍女の仕事として大切なことの一つに、お茶を上手に淹れるというものがある。
紅茶の場合は沸騰したお湯が必要なんだけど、侍女長のアンナさんはそれを自らの魔法で生み出しているのだ。つまり、【火魔法】と【水魔法】の複合魔法だね。
ただ、侍女見習いのサーシャちゃんは魔法を使えないので、昔作ってアインホールド伯爵様経由で王室に献上した『魔道ケトル』をもう一台、この屋敷用に作ってあげたよ。
スイッチ一つで簡単に沸騰したお湯を生成できるこの魔道具は、俺の自信作でもある。
「旦那様、これは素晴らしいものでございますね」
サーシャちゃんは俺のことを『旦那様』と呼んでいる。いや、俺がそう呼ばせているわけじゃないよ。
どうでも良いけど、アンナさんは『サトルさん』、サリーは『サトル』、ナナは『お兄ちゃん』、オーレリーちゃんは『サトル様』、マリーナさんは『ツキオカ様』、ユーリさんは『ツキオカ殿』と呼ぶのだ。全員違っているのが面白い。
「お茶の淹れ方も上手になってきたね。まだまだ、アンナさんには及ばないけど…」
俺の誉め言葉を聞いて、サーシャちゃんが嬉しそうにしているよ。
「教え始めてまだ一か月程度ですが、なかなか勘の良い子ですよ。私も教え甲斐があります」
アンナさんも笑顔だ。
そうだ。この機会にサーシャちゃんのスキル構成を検討しておこうかな。
「ハウゼン侯爵家の侍女は戦闘侍女だったらしいですが、うちも戦闘力を持った侍女を養成したほうが良いですかね?」
「そうですね。今回のような屋敷への襲撃は例外としても、自分自身の身を護ることくらいはできたほうがよろしいかと…」
そうだよな。特に、この子のように可愛らしい子は屋敷の外で危険な目に遭う可能性も高くなると思うし…。
「ねぇ、サーシャちゃん。戦闘系のスキルを君に【コーチング】しても構わないかな?」
総スキル上限があるため、望まないスキルを勝手に教えることはできないからね。本人の意向を聞いてみないと…。
「はい。それはぜひお願い致します。今回、お姉ちゃんと一緒に隠れていることしかできなかった自分が不甲斐ないです。アンナ様ほどとは申しませんが、少しでも旦那様のお役に立てるようになりたいです」
おぉ、やはり良い子だな。初対面のときは敵視されて大変だったけどね。
「とりあえずはユーリさんにお願いして【剣術】を【コーチング】してもらおうかな?」
「ん?良いぞ。そのくらい大したことじゃないしな」
同席していたユーリさんが快く引き受けてくれた。もちろん【コーチング】の料金については、俺からユーリさんへ支払うよ。
王都にも【コーチング】の斡旋業者がいると思うけど、その業者経由で【鑑定】【耐鑑定】【徒手格闘術】も上げておこう。
あとは【操車術】もあったほうが良いかな?現時点でオーレリーちゃんだけが持っているスキルだ。まぁ、アンナさんや俺もスキルは無いけど、馬車の御者はできるんだけどね。
さて、問題は【アイテムボックス】なんだよな。この屋敷には俺を含めて八人が住んでいるのだが、その内五人に【アイテムボックス】のスキルがある。
このスキルを持っていないのは、ユーリさん、マリーナさん、サーシャちゃんの三人だ。
ユーリさんにしてもマリーナさんにしても、アンナさん、サリー、ナナ、オーレリーちゃんの誰かを【鑑定】すれば、【アイテムボックス】を持っていることは分かってしまう(彼女たちの【耐鑑定】をユーリさんやマリーナさんの【鑑定】が上回っているからね)。
【鑑定】したことがないのか、それとも【アイテムボックス】の存在を知っていて何も言わないのか?何となく、後者のような気がするけどね。
「ユーリさん、マリーナさん。あなた方はナナたちが【アイテムボックス】を持っていることをご存知ですよね?」
「ああ、知ってるさ。さすがは貴族だと感心していたよ。私には到底【コーチング】料金を払えやしないからね」
ユーリさんに続いてマリーナさんもこう言った。
「はい。とても羨ましくは思っておりますが、ユーリさんと同様、私には縁の無いものと思っております。なにしろ、希少スキルの【コーチング】料金は莫大な金額になりますから…」
「えっと、これは秘密にしておいて欲しいんですが、彼女たちに【コーチング】したのは俺なんです。で、今回、サーシャちゃんのスキル構成を見直すタイミングで、ユーリさんやマリーナさんにも【アイテムボックス】を【コーチング】しようかと思うのですが、いかがでしょう?」
そうすれば、この屋敷の人間全員が【アイテムボックス】持ちになるのだ。仕事にも役立つと思うしね。
「「!!!」」
俺の言葉を聞いて、二人とも絶句していたよ。
「あ、あの私にも教えていただけるのですか?」
「もちろん、サーシャちゃんには一番に【コーチング】するつもりだよ」
「!!!」
サーシャちゃんも絶句してしまった。
一番最初にフリーズ状態から復帰したユーリさんが質問してきた。
「い、いくら払えば良い?やはり1000万ベルくらいじゃ無理だろうな」
「そんなに安いはずがありませんよ。最低でも1億、人によっては2億、3億出しても良いって人もいるはずです」
マリーナさんがユーリさんの言葉を即座に否定していた。
何となく『無料』とは言いづらい雰囲気だよ。でも『無料』なんだけどね。




