195 VS近衛騎士団⑤
屋敷の敷地内に突入してきた新手は、またもや騎士たちだった。ただ、装備が近衛騎士団とは異なるような…。
ん?見覚えのある装備と、数人は見たことのある顔だ。これはミュラー公爵家の騎士団か?
庭に入ってきたのは騎乗した10騎の騎士たちで、その後ろからは続けて一台の馬車が入ってきた。そして、その馬車から降りてきたのはミュラー公爵閣下その人と、テレサお嬢様それに侍女のローリーさんだったのだ。
「どうやら応援は必要なかったようだな。近衛騎士団を壊滅させるとはさすがはツキオカ男爵だ」
「公爵様、お久しぶりでございます。どうしてここへ?」
すると馬車の中からもう一人の人物が姿を現した。
「ツキオカ男爵、私が君たちの危機をミュラー閣下に通報したのだよ。まぁ、余計なお世話だったみたいだがな」
「イザベラお嬢様、お久しぶりですね。余計なお世話だなんてとんでもない。ご配慮ありがとうございます」
そう、ルナーク商会のイザベラお嬢様だったのだ。元・ハウゼン侯爵令嬢の。
ミュラー公爵が呆れたように話しかけてきた。
「それにしても派手にやったものだな。君たちに被害は及んでいないのかね?」
「はい。人的被害は皆無です。ただ、建物と庭園につきましてはかなりの損害を被りましたが…」
テレサお嬢様も感心したように言った。
「どう見ても総勢50人以上はいますわよね?ツキオカ様の手勢は何人だったのですか?」
「私を含めても六人ですね。屋敷内にはあと二人いますが隠れていましたから」
「ろ、六人?」
イザベラお嬢様以外の三人が絶句していた。
まぁ、正確に言えば六人と一匹(魔獣)だけどね。できるだけメフィストフェレス氏のことは言いたくない(魔王っぽくなるし)。
あと、ルイさんはいつの間にか姿を消していた。【隠蔽】スキルを使ったのかな。
「くそっ、離せ。儂を誰だと思ってる。ウィロード侯爵家が黙っていないぞ」
門の外の通りから、誰かが喚き散らす声が近づいてきた。てか、この声って近衛騎士団長か?
グレイシアス第二騎士団長を先頭に騎乗した10騎の騎士たちと、縄でぐるぐる巻きに縛られて引きずられるように歩いている太った男が現れた。うん、さっき見た近衛騎士団長だったよ。
「グレイシアス様、おはようございます」
「サトル君、第二騎士団の出動が遅れたために迷惑をかけたようだね。言い訳になるけど、ウィロード侯爵家に邪魔されてね~」
「いえ、近衛騎士団長を捕縛していただき、助かりました。本音を言わせてもらえば、早期の逮捕が為されていたら近衛騎士団員の方々に死傷者を出さずに済んだのですが…」
「ああ、死者には冥福を捧げるよ。だが、たとえ上司とはいえ、無能な悪党の命令に唯々諾々と従うのはいかがなものかな。正義がどちらの側にあるのかすら、判断できなかったとは言わせないぞ」
近衛騎士団員たちは、グレイシアス第二騎士団長の言葉に顔を俯かせて恥じ入っている様子だった。
いや、圧倒的な兵力差がありながら、敗北したこと自体を恥辱と感じているのかもしれないね。
ミュラー公爵が近衛騎士団長に引導を渡した。
「ジャレド・ウィロード近衛騎士団長よ。詳しい事情は知らぬが、ツキオカ男爵は私の名代とも言える立場にある。つまり、君の刃は我がミュラー公爵家にも向けられたということだ。終わりだな。君も、そしてウィロード侯爵家も」
この発言を聞いて、顔を青ざめさせて絶句した近衛騎士団長とその団員たちだった。
・・・
とりあえず屋敷の応接室へとミュラー公爵、テレサお嬢様、ローリーさん、イザベラお嬢様の四人をご案内した。
グレイシアス様は諸々の後始末を行ってくれているので、ここにはいない。
こちらは俺のほかに当事者(事件の被害者家族)であるユーリさんを同席させている。なお、侍女長であるアンナさんはサーシャちゃんと共にお茶の用意をしてくれているよ。
俺はミュラー公爵へと今回の事件の全貌(推測も含んでいるけど)を伝えた。被害者家族であるユーリさんやマリーさん、タッカー君のことも。
「なるほど。そういう事情だったか。よし、それではグレイフィールド家から剥奪された騎士爵位をユーリ・グレイフィールド女史へ与えるよう、私から王宮へ伝えるとしよう。また、アレン氏の奥方であるマリー・グレイフィールド女史への遺族年金の支給も併せて申請するよ。ユーリ君、もしも希望するなら近衛騎士団への復帰についても叶えるがどうする?」
「大変ありがたいお申し出ですが、今の私はツキオカ男爵家の騎士団長であります。謹んでご辞退申し上げます」
ユーリさんが毅然とした態度で、ミュラー公爵からの申し出を断っていた。うちとしてはありがたいけど、本当に良いのかな?
「そうか。ツキオカ男爵も果報者よな。ユーリ君のような逸材はなかなか見つからないぞ」
「はい、私もそう思います。でもユーリさん、本当に良いんですか?うちに就職する際、より条件の良いところがあれば移籍すると言ってましたよね?」
「それを言ってくれるなよ。あのときは義姉や甥の生活が最優先だったから、できるだけ金を稼ぎたかっただけだ。だが今は違うぞ。父と兄の仇を討ってくれたあんたには返しきれない恩義があるからな」
「いえ、それは別に気にしないでください。俺がやりたくてやっただけですから」
そう、単なる自己満足なのだ。
ここでイザベラお嬢様が口を挟んできた。
「サトル君、相変わらず君は事件に首を突っ込むのが好きだよな。まぁ、そんな君のことは嫌いじゃないがね」
「ありがとうございます。ところで、イザベラお嬢様はうちの屋敷が襲撃されるという情報をどうやって得られたのですか?」
「くっくっく、人を雇って君の屋敷を見張らせることくらい、別に大したことじゃないさ」
え?何?ストーカーじゃないよね?
理由を聞きたいけど、聞かないほうが良い気もする。
「イザベラ様はツキオカ男爵とかなり親しいように見受けられますが、昔からお付き合いがあったのですか?」
テレサお嬢様がイザベラお嬢様に質問していた。転生者と転移者の仲ですよ…とは絶対に言えない。
「テレサ様、ツキオカ男爵はハウゼン侯爵家を潰した元凶ですが、私や家族の命を救ってくれた恩人でもあるのですよ。そういう複雑な関係でございます。なお、私の将来のお婿さんでもあります」
…って、おい!勝手に婚約者っぽい扱いにしないでくれ。知らない人は本気にしちゃうじゃん。
「ツキオカ男爵は幼い女の子がお好きなのですか?もしかしてローリーよりも私のほうが好みなのでしょうか?」
「いえいえいえ、違います違います。イザベラお嬢様が勝手におっしゃっているだけですから」
テレサお嬢様をはじめミュラー公爵やローリーさんまでもが、変態を見る目で俺のことを見ているよ。まじで勘弁してくれ。
そしてニヤリと悪い笑みを浮かべているイザベラお嬢様は、やはり悪の首領っぽい。いや、これこそが悪役令嬢という存在の真骨頂なのだろうか?




