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190 近衛騎士団長の憂鬱 ~第三者視点~

 ジャレド・ウィロード近衛騎士団長は、ウィロード侯爵家の三男として幼少の頃からかなり甘やかされて育った経験を持つ。

 長男や次男とは歳が離れていることもあり、家族全員から猫可愛がりされてきたのだ。それがジャレド本人の性格を(ゆが)める結果になったのだが、もしもどこかの下位貴族に婿養子として入るのならば、それが問題になることもなかっただろう。

 ウィロード侯爵家及びジャレド本人にとって不幸だったのは、近衛騎士団という組織に所属し、しかも団長という地位にまで(のぼ)り詰めてしまったことだ。


 もちろん、その地位に()けたのは、ジャレド本人の実力ではない。実家である侯爵家の権力によるものではあったが、近衛騎士団という組織の性質上、それでも不都合は生じなかった。なぜなら、第一や第二騎士団とは異なり、近衛は実戦に(おもむ)くことが基本的に無いからだ。

 王族守護の任にあたるのが近衛騎士団であり、平和なこの国ではお(かざ)りの組織であると言っても過言ではない。高位貴族子息の受け皿((はく)付けのため)であるとも言える。

 もちろん、前・近衛騎士団長だったランドン・グレイフィールドなどは質実剛健であり、実力と人望を兼ね備えた人物だったのだが、それはかなり例外的なことだったのだ。


 そのグレイフィールド騎士団長を罠に()めて、その地位から追い落としたのはジャレドの側近で、彼の右腕とも言える人物だった。簡単に言えば、うまい汁を吸おうと権力者に群がる蟻の一人だ。

 潤沢な騎士団の予算を剣や防具などの新調や保守に遣うのは当然だが、帳簿をうまく操作することで裏金を生み出す仕組みを考案したのもこの側近の男だった。


 なお、ジャレドは侯爵家からの援助で贅沢三昧な生活を送っていたのだが、当主が長兄に代替わりしたことでその資金援助も先細りとなった。これは長兄の奥方がしっかり者だったことも大きな要因だ。

 一般市民からすれば相当に高い生活水準だったのだが、それを下げることができないジャレドは側近の生み出した不正な裏金に狂喜乱舞した。それが先々自分の首を絞めることになるとは思いもせず…。


 破綻は、ランドン・グレイフィールドの息子であるアレン・グレイフィールドを事務方に異動させたことから始まった。人望のあった前の騎士団長の影響力を()ぐために、その息子を閑職に異動させたつもりが、まさかの【会計】スキル持ちだったのだ。

 裏金作り、つまり横領の証拠を(つか)まれ、その不正行為を()めるように(じか)談判されたことで、ジャレドの中には彼に対する殺意が生まれた。アレンの意図としては大事(おおごと)にするつもりなど無かったのだが、ジャレドにとっては恐喝されたと考えたのも無理からぬことだったと言えよう。これが双方にとっての不幸の始まりだった。


 側近の男に相談したジャレドは、その勧めに従いアレン・グレイフィールドの殺害を決心した。その前段階として、まずは騎士爵という地位を剥奪し、平民に落とすことを考えた。なぜなら平民であれば、その殺人事件は警吏本部の担当となり、そこにはジャレドの(正確にはウィロード侯爵家の)息のかかった人物が勤務していたからだ。

 被害者が騎士爵のままでは、事件の捜査担当が第一か第二騎士団になってしまい、ジャレドの(いや、ウィロード侯爵家の)影響が及びにくくなるのだ。

 そうして、些細なミスをあげつらい、アレン・グレイフィールドの持つ騎士爵位を剥奪したのは言うまでもない。準男爵以上であれば簡単に爵位の剥奪などできないのだが、騎士爵の場合は高位貴族の権力を使えば不可能ではない。


 その後、アレンが父親であるランドンの元へ証拠書類を(たずさ)えて向かうという情報を得たジャレドとその側近は、ランドンに恨みを持っていたラルフ・マクレガーを仲間に引き入れた。

 彼は素行不良のためにランドンによって近衛騎士団を解雇されたのだが、そのことを恨みに思っていたのだ。

 ジャレドの手足となって実際に動いたのは、警吏本部に勤めている人物だった。ウィロード侯爵家の子飼いである極めて優秀な男だ。ちなみに、管理官という地位はかなりの上級職らしい。

 そして何の問題も無く、目障りなグレイフィールド親子を殺害することに成功し、事件後に一転して恐喝者となったマクレガーについても自殺に見せかけて殺害することができた。

 グレイフィールド家にはもう一人、娘がいたようだが、彼らは気にも留めていなかった。それが(あり)一穴(いっけつ)になるとも知らず…。


 ・・・


 グレイフィールド事件が被疑者死亡のまま終結したとの知らせは、ジャレドやその側近たちを安堵させた。

 ところが、その一か月後、警吏本部の長官であるグレンナルド伯爵の指示により、再捜査が始まったとの知らせが舞い込んだ。そこにはある兄妹(きょうだい)の存在があったとのこと。

 内通者である管理官によれば、その兄妹(きょうだい)は私立探偵だそうだ。なぜ一介の民間人の言うことを長官が聞き入れたのかが(はなは)だ疑問だったのだが、尾行によって判明した彼らの正体は新興の男爵家だったらしい。

 侯爵家の出であるジャレドにとって男爵家など吹けば飛ぶようなものだが、寄親(よりおや)の存在(存在するかどうかは不明だが…)が無視できないおそれもある。


 人を雇って彼らを尾行した結果、アレン・グレイフィールドの家を訪問したあとの彼らの表情からは喜びの感情が(うかが)えたそうだ。奪い返した横領の証拠品以外にも、何か証拠となるものが残っていたのかもしれない。おそらくは、それを入手したことによる歓喜の表情だったのだろう。

 すぐさま、警吏本部の管理官に連絡を入れ、証拠品の奪還を命令したジャレドだった。

 ところが、どうやら奪還には失敗したらしい。翌日、横領の証拠書類が警吏本部に持ち込まれたとの連絡があったのだ。

 保管されている証拠品さえ無ければ何とでも言い逃れできると考えたジャレドは、管理官に証拠品の破棄を指示した。しかし、それが罠であったことに気づいたのは、管理官が捕縛されたあとのことだった。

 もはや第一か第二騎士団が動き出すのを止めることはできないだろう。ジャレドとその側近たちにとっては、絶体絶命の状態になったわけだ。


「ジャレド様、もはやクーデターを起こすしか、我らが助かる道は無いでしょう。近衛騎士団の全力をもって、まずは諸悪の根源たるツキオカ男爵家の屋敷を襲撃しましょう」

「うむ、()の家には騎士団員が一人しかおらぬらしい。貧乏な男爵家なんぞ鎧袖一触である。返す刀で王城を襲撃し、この(わし)がこの国の王となるのだ。良いな」

「ははっ」

 悪人から『諸悪の根源』と言われたツキオカ男爵は、それを誇りに思うべきだろうか?

 そして、たった一人の騎士団員が恐るべき戦闘力の持ち主であることを知らない彼らは、はたして不幸なのか幸福なのか?

 神のみぞ知るといったところだろう。


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