186 司法取引
一番先に起きてきたのはアンナさんだった。次にマリーナさん、オーレリーちゃん、サーシャちゃんと続き、最後にようやくナナがダイニングにやってきた。
これで全員集合だな。
「お兄ちゃん、どうしたの、これ」
「ああ、泥棒さんらしい。自称だけど義賊だってさ」
「へぇ、ルパン一家みたいな感じかな?」
「いや、アルセーヌ・ルパンの孫とはちょっと違うかな。こいつらって親子らしいぞ」
「ふーん、で、警吏本部に通報せずに、ここにいるのは何故なのかな?」
俺は彼らを尋問した結果をここにいる全員に聞かせてあげた。まじで義賊っぽいことをやっていることも…。
アンナさんが俺に質問した。
「サトルさんがこの者たちをすぐに警吏に引き渡さなかったのは、口封じのために殺される可能性があったからですね?」
「ええ、あともう一つ…「司法取引するつもりだね?」」
ここでナナが俺の言葉にかぶせるように発言した。てか、最後まで言わせてくれよ。
まぁ、その通りなんだけどさ。
アンナさんが不思議そうに聞いてきた。
「しほうとりひき?それは何なのでしょうか?」
「もしかしたらこの国には存在しない制度なのかもしれませんが、より凶悪な犯罪を暴くのに協力してくれた犯罪者には罪一等を減じるみたいな制度ですね」
「ニッポン国の制度ですか?」
「ええ、そうです。彼らに依頼した人物が誰だったのかを暴くことに協力してくれたら、今回の不法侵入については見逃しても良いかなと思っています」
暗く沈んでいた泥棒三人組の顔が、俺の発言を聞いて微妙に変化した。悪党に荷担することに対して心理的な抵抗があるのだろう。いや、俺たちって悪党じゃないし。
「悪徳貴族に屈して、正義の依頼者を売るなんてできねぇぜ」
うーん、まだそういう認識か。年配の男性(親父さん)の発言なんだけど、若い男性(兄)と女性(妹)も同意するように頷いていた。てか君たち、逆になかなか見どころがあるよ。
「君たちが正義の心を持っていることはよく分かったよ。とはいえ、窃盗は犯罪なんだけど、俺たちにとっては未遂だしな」
住居不法侵入罪ではあるけどね。
「ちょっと良いかな」
ナナが今回のグレイフィールド事件の詳細について語り始めた。
・ここにいるユーリさんの家族が理不尽にも毒殺されたこと。
・殺害動機として考えられるのは、近衛騎士団の予算横領に関する告発を阻止するため。
・その証拠書類を奪取すべく、彼ら(自称、義賊)に依頼したのではないかということ。
・その依頼者は警吏本部内にいる人間である可能性が高いこと。
・黒幕は近衛騎士団長である可能性が高いこと。
等々。
「てぇことは、この屋敷の当主が正義側で、俺たちへの依頼者が悪人だったってことかよ。いやいや、ここの当主の顔を見てみないことには判断できねぇな。でっぷり太って脂ぎった、好色そうで、三白眼で、悪人面の貴族かもしれねぇ」
…って、盛りだくさんだな。平民の貴族に対する印象って、そういう感じなのかもしれないね。
「お兄ちゃん、名乗ってなかったの?」
「ああ、そのタイミングが無かった」
ここでユーリさんが立ち上がって口上を述べ始めた。
「こちらにおわすお方をどなたと心得る。恐れ多くもツキオカ男爵家ご当主、サトル・ツキオカ様であらせられるぞ。控えおろう」
いや、水戸黄門かよ。大袈裟だよ。
泥棒三人組が目を丸くして俺を見ているよ。
「太ってもねぇし、脂ぎってもない。好色そうでもないし、三白眼でも悪人面でもねぇな。てっきり、屋敷の警備員だとばかり思っていたぜ。む?待てよ、ここにいるのが見目麗しい女性ばかりってことは、『好色そう』ってのは合ってるのか…」
いえいえ、違います。誰が『好色そう』やねん。
『見目麗しい女性ばかり』という発言には激しく同意するけどね。




