177 警吏本部③
俺の予想に反して、警部さんはあっさりとこう言った。
「ちらっと見えた頬の特徴的な傷跡から判断して、かつて近衛騎士団に所属していたラルフ・マクレガーという男ではないかと思われます」
犯人、分かっとんのかい!
「逮捕は?」
「できませんでした。なにしろ、事件のすぐあとに死体で見つかっておりますからな」
つまり、被疑者死亡で事件は幕引きってことか…。
ん?ユーリさんは『未だに犯人は捕まっていない』って言っていたけど、この情報は伝わってないのかな?
いや、待てよ。先ほど警部さんは捜査中って言ってたような…。
「すでに捜査本部は解散しております。上は捜査を終えたつもりのようですが、私はこの事件には黒幕がいるような気がしてならんのですよ。刑事の勘ですな」
「マクレガー氏は他殺だったのですか?」
「いえ、首をつって自殺しておりました。ただ、これは偽装の可能性も大いにあります。なので、私としては今でも密かに捜査を続けているのです」
おお、さすがは警部にまで昇進した人だ。
俺も黒幕はいると思いますよ。だって、現在の近衛騎士団長にとって都合の良すぎることばかりだもんね。
ただ、なぜグレイフィールド親子が殺されることになったのか、その理由は分からないんだけど…。
…っと、突然、この部屋のドアが開けられて、一人の人物が入室してきた。ノックも無しだよ。
「グレイフィールド毒殺事件の資料を持ち出したと聞いたが、これはいったいどういうことだ?民間人に捜査状況を漏洩しているのではあるまいな?」
「刑事部長、こちらは冒険者であるツキオカ殿とその妹さんでして、ある貴族家からの依頼で事件のことを調べておられるそうです」
おぉ、『刑事部』のトップである部長さんか。かなり偉い人だよな。
刑事部長は胡散臭そうに俺とナナの身体を見回したあと、こう言った。
「依頼元はどこの貴族家なのかね?それによっては不問に付しても良いが…」
あぁ、どうしようかな?
もう、ミュラー公爵からいただいた紹介状を出すか…。ここがそれを提示する最善のタイミングなのかもしれないね。
「この書状は、ミュラー公爵閣下から寄子であるグレンナルド伯爵へ宛てたものです。伯爵は警吏本部の長官ですよね。今、いらっしゃいますか?」
「なっ、何ぃ~!」
俺から紹介状の入った封筒をひったくって、その封蝋を確認した刑事部長…。
そこに押されている印璽を見て、それがミュラー公爵家の紋章であることが分かったのだろう。慌てて応接室を飛び出していったよ。
…で、現在、部屋の中には気まずい空気が漂っている。
何か言いたげな警部さんだったが、特に何も言わなかった。いや、なんかすいません…。
・・・
無言の状態に耐えきれず、何かしゃべろうと口を開きかけた瞬間、再びドアが開いた。また、ノック無しだよ。
入室してきたのは二人で、さっきの刑事部長と、もう一人は多分グレンナルド伯爵だろうな。
刑事部長は神経質そうな感じで、まさに高級官僚って感じの人だけど、グレンナルド伯爵(仮)は貴族っぽい雰囲気のナイスミドルだった。口元の髭がめっちゃ立派だよ。あれってカイゼル髭ってやつかな?
「お初にお目にかかる。儂は伯爵位を賜っているニール・グレンナルドである。ツキオカ男爵、貴殿が国王陛下より叙爵されるところを王城で拝見させてもらったよ。あと、貴殿がミュラー公爵の後ろ盾を得ていることも知っていたのだが、この書状によると、単なる後ろ盾というよりもずっと懇意であるように思えるね。公爵閣下自身の名代とまで言わしめるとは…」
「グレンナルド伯爵、はじめまして。サトル・ツキオカと申します。こちらは妹のナナです。兄妹揃ってよろしくお願い申し上げます」
「ナナ・ツキオカでございます。どうぞよろしくお願い致します」
伯爵と俺たち兄妹が初対面の挨拶を交わしているところを見て、警部さんと刑事部長が驚愕の表情になっていたよ。まぁ、そりゃそうだよな。




