173 ミュラー公爵家②
「そうですね。今からお話しすることは、この場限りのこととしてお聞きいただきたいのですが…」
俺はいったん前置きをしてから、自らの秘密を語る決心をした。
「私は【風】【水】【光】の三属性の魔術師という建前にはなっていますが、本当は七属性全ての魔法を使えます。これはアインホールド伯爵家と王室の方々だけがご存知の情報です。従いまして、疾走する馬車を追いかけた方法ですが、【空間魔法】の【ジャンプ】という初級魔法を使用しました。これは最大で100メートルの距離を瞬間移動できる魔法です」
「「「!!!」」」
ミュラー公爵、テレサお嬢様、侍女のローリーさんの三人全員が絶句していた。てか、俺が嘘をついているとは思わないのだろうか?
ちなみに、アンナさんは既に知っているから、一人だけ平然としていたけどね。
「ううむ、それが本当なら君の価値は計り知れないよ。君を我が国の男爵位に叙した王室の英断には、賛辞を贈らざるを得ない。いや、男爵程度では不足だな。最低でも侯爵でないと…」
「いえ、叙爵を受ける条件として『将来の陞爵が無い男爵位であること』を提示し、それを受諾していただいておりますので…」
「それもまた欲の無いことだな。しかし、その貴重な情報を我がミュラー公爵家にも打ち明けてくれたことが嬉しいよ。カーター子爵令嬢も実家にはこの件を秘匿するようにな」
「は、はい。かしこまりました」
うん、この三人なら秘密を守ってくれそうだ。だからこそ打ち明けたってのもあるんだけど。
「そうか、3階の部屋から塀の外のスラム街の男に手紙の伝達を依頼できたのも【空間魔法】を使ったからか。希少な魔術師の中でもその割合が2%程度しかいない【空間魔法】の使い手は、希少どころの話じゃないな」
「お父様、そんなに珍しいスキルですの?」
「ああ、王宮に所属する魔術師たちの中にも【空間魔法】を使える者は存在しないはずだよ」
え?そうなの?それは知らなかった…。
「あと、カルローネの護衛の男たちを倒した魔法は、ツキオカ家の特殊部隊によるものと聞いたのだが、それは嘘だろう?」
「ええ、テレサお嬢様とローリーさんには嘘をついていたことを謝罪申し上げます。あれは私一人の魔法でした」
ローリーさんが目を丸くして、思わずといった感じで口を挟んできた。
「え?でも、同時に四つの魔法が発動されたのを確かにこの目で確認致しました。いったいどうやって?」
「これはこの国の王室にすら秘密にしている情報なのですが、異なる属性の魔法を同時に発動できるようにする手法を見つけました。私はこれを『マルチキャスト』と呼んでおります。二属性の魔術師であれば、誰でも練習次第で使えるようになるはずです。現にこちらのアンナ・シュバルツ嬢もその技術を会得しておりますし…」
【複合魔法】については『魔道ケトル』を作った際にアインホールド伯爵家と王室の方々には知られてしまったけど、『マルチキャスト』については初めて他家の人に教えることになる。まぁ、二属性の魔術師自体が珍しいんだから、別に良いだろう。
「なるほど、全属性だからこそ四つの攻撃魔法を同時に発動できたわけか。その技術を生み出したことだけでも、侯爵位にまで陞爵できるほどの功績だと思うがな」
いえいえ、侯爵になんてなりたくありません。男爵くらいがちょうど良いと思う。社交も楽だしね。
「あと、君は魔術師であるにもかかわらず、体術にも優れているようだね?」
「はい。一応【徒手格闘術】のスキルレベルはそこそこあると自負しております」
まぁ、そこらの破落戸程度には負けることは無いだろうね。
「うむ、それでは最後の質問だ。君は何もないところから縄や布、あと棒のような武器を取り出していたと聞いたのだが、それはまさか【アイテムボックス】ではないのかね?」
「はい、その通りです。ただ、これは全属性魔法と同じくらいには隠しておきたい情報でございますので、どうぞ内密にお願い申し上げます」
いや、単に【コーチング】を強請る人が次々に湧いてくるのがウザいだけなんですけどね。あと、【アイテムボックス】って容易に犯罪(窃盗等)に使えるスキルでもあるから、誰にでも【コーチング】することはできないという制約もあるし…。
なお、ミュラー公爵からは【コーチング】の依頼は無かった。まぁ、まさかスキルレベルが100だとは思わなかったのだろう。
・・・
こうして事情聴取は終了した。あとは報酬の話だ。
結論を先に記すと、以下の通りとなった。
・俺に対する報酬は無し。てか、俺が固く辞退した。
・アンナさんにも報酬の申し出があったが、仕える貴族家当主(俺のことね)が断っているのに使用人である自分が貰うことはできないと、やはり辞退した。
・オーレリーちゃんの親父さんにはミュラー公爵家から1000万ベルを支払ってもらうが、これには事件の口止め料も含まれている。
・ツキオカ男爵家騎士団長となったユーリ・グレイフィールド女史へ支給する毎月の給料については、ミュラー公爵家からも援助してもらう。具体的にはうちと折半だ(毎月150万ベルずつを負担する)。
・その見返りとして、荒事が発生した際はミュラー公爵家の戦力としてユーリさんを貸し出すこととする。
いやぁ、ユーリさんの給料の件はマジで助かった。
さらに、これにより俺への口止め料が無いってことで、ミュラー公爵家側が不安になることもなくなるはずだ。なぜなら我がツキオカ男爵家としては、この援助金は絶対に必要なものだからね(無ければ家計が破綻するかも…)。
てか、今回の誘拐事件において、ユーリさんという超優秀な人材を獲得できたツキオカ男爵家こそが、最大の利益を得たんじゃないかって気がするよ。
彼女の右腕を元通りに復元できさえすれば、この国最大の戦力になるかもしれない。いや、近衛騎士団には更なる化け物が潜んでいるという可能性もあるけどね。
まぁ、それでもアークデーモンのメフィストフェレス氏には敵わないと思うけど…。




