171 深夜の女子会 ~第三者視点~
誘拐事件に遭遇した日の深夜、アンナはナナの部屋を訪れていた。
「ねぇ、ナナさん。サトルさんって女性からの好意に鈍感なのかしら?」
そう問いかけた理由は、おそらくローリー・カーター子爵令嬢のアプローチを気に留めた様子の無いサトルの態度を見たからだろう。
あれだけあからさまに好意を寄せられているのに、全く気づいていないようなのだ。どれだけ鈍感なんだよって話である。
「ニッポン人って、この国の人たちのことを西洋風とか表現したりするんだけど、そういう西洋風の女性に対して劣等感みたいなものを感じているのかもしれないね。いや、気後れかな?お兄ちゃんだけがそうなのか、ニッポン人男性全般がそうなのかは知らないけど…」
「それって私やナナさんにも?」
「うん、多分ね。特にアンナさんなんか『高嶺の花』で、自分には到底釣り合わないって思ってるよ。あ、お兄ちゃんのほうがアンナさんよりずっと下ってことね」
さすがは妹と言うべきか。的確にサトルの心境を推し測っているナナだった。
「自己肯定感が低いというか、自分のような男がモテるはずがないって思ってるんだよ。まぁ、美男子とはお世辞にも言えないもんね」
確かに容姿だけを見れば、彼はフツメン代表という感じである。
「サトルさんをお慕いしているのは私とナナさん、サリーにイザベラ・ハウゼン元・侯爵令嬢、さらに今回の事件でローリー・カーター子爵令嬢も加わったわね。下手したらミュラー公爵家からもテレサ様との婚約の打診があるかもしれないし…」
「いや、本当に困ったもんだよ。もしかしたらオーレリーちゃんも恋心を持ってるかもしれないし、マリーナさんだって怪しいよ」
「はぁ~、サトルさんがいったい誰を選ぶのか。ライバルがあなた一人だった時代が懐かしい…」
憂鬱そうにため息をつきながら、想いを寄せる相手がモテすぎるのもどうかと思うアンナだった。
「お兄ちゃんってニッポン国にいたときは全くモテていなかったんだと思うよ。『良い人』ではあったんだろうけど、『良い人』止まりってやつだと思う。この国に来てからは『善を勧め、悪を懲らしめる』ための能力と、その能力を発揮するための機会が多かったからね。そういうのって女性にとってはかなり魅力的だよ。ただし、本人は全く自覚していないみたいだけど…」
「でも考えてみれば、鈍感であるくらいのほうが良いのかもしれないわね。女性からチヤホヤされて調子に乗るようなタイプでは無いと思うけど、今のままのほうがサトルさんらしいとも言えるのではないかしら」
いわゆる鈍感系主人公ってやつである。いや、単なる草食系男子なのかもしれないが…。
「うーん、確かに…。まぁ、私は妹ポジションという特権的地位にいるから、あまり心配してないんだけどね」
「でも、それって肉親的親愛の情しか無くて、結局、恋には発展しないのでは?」
「良いの良いの。妹としてずっ~と一緒にいられるだけで、私は幸せなんだから」
結婚して家を出る気は無いと宣言しているのも同然のナナのセリフだった。てか、サトルの(将来の)妻からすれば、小姑がずっと同居しているという状況は絶対に嫌がられると思うのだが…。
「でもさ、お兄ちゃんが貴族になったってことは、正室にアンナさん、第一側室にイザベラちゃん、第二側室は置いといて、愛妾としてサリーとオーレリーちゃんってことでも良いんじゃないの?」
「そうね。私としてはそれでも構わないわ。本音を言えば、ただ一人の妻として娶っていただければ嬉しいのだけれど…」
アンナからこれだけ慕われているというのに、全く気づいていないサトルの朴念仁っぷりにも驚きである。
さすがは『陰キャ』を自称し、それを自覚している男だけのことはある。
「こうなったら夜這いでもかけて既成事実を作るってのが早道だと思うよ。お兄ちゃんのことだから、『責任を取って結婚する』って言い出しそうだし…」
「ふふ、ナナさん。あなたもその機会を窺っているのではないでしょうね?兄妹でそういう関係になるのはダメよ」
「いや、別に血の繋がりは無いもんね」
どうにも不穏な方向へと話が進みつつある。そのことに当のサトル本人は全く気づくことなく、自室で眠りこけていたのであった。




