169 騎士団突入
そうこうしているうちに、屋敷の制圧は完了したようだ。
各部屋のドアを開けては、人質を捜索している物音が近づいてきている。
この客間のドアはすでに存在しないんだけど(ユーリさんが破壊した)、そこから数人の騎士たちが雪崩れ込んできた。
「テレサお嬢様!ご無事ですか?」
俺とユーリさんは、テレサお嬢様と侍女のローリーさんの後方で、少し離れたところに佇んでいた。犯人と間違われないようにね。
「誘拐の実行犯はこの男、カルローネであり、主犯はそちらのリュート・ハウスホーフェン侯爵令息です。この両名を捕縛し、私たちをお救いいただいたお方は、そちらにおられるツキオカ男爵様とその部下の騎士様です。お二人に失礼の無いようにね」
お、ユーリさんのことを庇っていただいて、ありがとうございます。てか、カルローネ氏の耳栓をしていて良かったよ。絶対、余計なことを言いそうだからね。
「サトルさん!」「お兄ちゃん!」
次いで部屋に入ってきたのはアンナさんとナナだった。
「アンナさん、ナナ。警吏本部に連絡してくれてありがとう。いや、来たのは警吏の人じゃなくて騎士さんたちだな。あれ?」
今更気づいた俺だった。
誘拐事件が表沙汰にならないように…という貴族の事情をアンナさんから教えてもらったのは、このあとのことだった。
まぁ、わずか一日(正確には半日)で事件が解決したおかげで、噂が広まることもないだろうってさ。うん、良かったよ。
というか、オーレリーちゃんの親父さんに警吏本部へ駆け込むように言わなくて良かった~。判断を間違えていたら大変なことになるところだった(やっべぇ…)。
はぁ、このあと事情聴取があるんだろうな。面倒くさい…。認識阻害のローブを着て、こっそりと消えれば良かったって気もする。
いや、それではテレサお嬢様とローリーさんの純潔を証明する人間がいなくなるな。乱暴されていないことをしっかりと証言してあげないとね。
去り際にテレサお嬢様が俺に言った。
「ツキオカ男爵様、本当に本当にありがとうございました。最大級の感謝をあなた様に捧げます。このあと、お父様からのお呼び出しがあると思いますが、金銭的なお礼につきましてはそのときにでもお話し致しましょう」
「いえ、お礼など不要でございます。人として当然のことをしたまでですから」
あ、でもユーリさんの給料支払いについては若干援助してもらえると助かります。…って、内心で呟いた俺だった。
「ツキオカ様、ご結婚は?もしもまだであればご婚約は?」
ローリーさんがいきなり俺の身元調査みたいなことをしてきた。ツキオカ男爵家が他の貴族家と繋がりがあるのかどうかを知りたいのだろう。
「いえ、結婚も婚約もしていませんし、そういう話は全く来ておりませんが…」
「左様ですか…。子爵家の娘が男爵家に入るのは全く問題ないですね。身分的にも釣り合っていますし」
「は、はぁ。ええっと、何をおっしゃりたいのか…」
まさかミュラー公爵家の侍女を辞めて、うちに再就職したいのか?
いやいや、公爵家以上の給料なんて払えませんよ。
ここでアンナさんが会話に割り込んできた。
「ローリー・カーター子爵令嬢、私、アンナ・シュバルツと申します。シュバルツ男爵家の三女であり、ツキオカ男爵家の侍女長を務めさせていただいております。どうぞよろしくお願い申し上げます」
貴族の格としてはアンナさんよりローリーさんのほうがずっと上なんだろうな。公爵家の侍女で、本人も子爵家のご令嬢だからね。
ただ、なぜかアンナさんがローリーさんに対して圧をかけていた。てか、美女が二人も並んでいる光景は壮観だ。眼福眼福。
「そう、よろしく。なるほど、ライバルというわけね。ふふふ、負けませんわよ」
ローリーさんとアンナさんの間で火花が散っているのをなぜか幻視できてしまった。もしかしてローリーさんから俺に婚約の申し出でもあるのだろうか?
いや、まさかね。出会ったばかりの関係だよ。
そんなの無いない。あるわけがない。
「お兄ちゃん、…じゃなかった、兄上。認識阻害のローブを脱がず、最後まで秘密裡に事件を解決すべきだったと思うよ。兄上が何かするたびに、どんどんライバルが増えていくんだから、ほんと困ったもんだよ」
ナナから『お兄ちゃん』ではなく『兄上』と呼ばれる日がくるなんて…。お兄ちゃん、ちょっと感動だよ。
てか、ライバルって何だよ。ローリーさんも言ってたけど…。
もしも『恋の』ライバルって話だったら、ちょっと嬉しいな。モテ期の到来か?
まぁ、そんなことがあるわけないよな。
俺のような『陰キャ』って色々と勘違いしがちなんだから、思わせぶりな態度を取るのは止めて欲しいよ。いや、マジで。




