168 用心棒の事情
「ユーリさん、グレイフィールド騎士爵家のお方が、なぜ犯罪集団の仲間に?」
【耐鑑定】のスキルレベルが高い彼女を【鑑定】できたのは俺だけだったのだろう。この言葉を聞いたテレサお嬢様とローリーさんが驚いた顔になっていた。
「ふ、我がグレイフィールド家が王家によって廃絶されたことを知らんのか?まぁ、私の失態ではあったのだが、それでも父上や兄上にまで責を負わせることもなかろうに…。だから、この国に仇なす組織に所属して、国への細やかな復讐をしてるのさ」
「何があったのかは知りませんが、カルローネ一家を見限って俺のほうにつきませんか?高給で優遇しますよ」
彼女と戦いたくない…というより、戦えば負けるからね。味方になるよう、勧誘するのが一番だ。それにカルローネ氏はユーリさんのことを『何もしてない』って言ってたし、おそらく犯罪行為には加担してこなかったのだと思う。
「くくくっ、面白い男だな。今、私は毎月100万ベルの手当てをこいつから貰っているのだが、君はそれ以上の金額を出すとでも言うのかね?」
「そうですね。では月給150万ベルでは如何でしょう?あなたの能力に見合う対価としては、これでも安いくらいですけどね」
ユーリさんと俺の会話を聞いたカルローネ氏が慌ててこの商談に割り込んできた。
「先生、そりゃないぜ。ならば、うちは200万ベル出そう。それでこの男を切り刻んでくれ」
「だったら俺は300万ベル出しますよ。さらに一年後くらいにあなたの右腕を元に戻して差し上げます。【光魔法】の【リジェネレーション】でね」
年収3600万ベルは、かなりの出費になるけど、きっとミュラー公爵家からも援助してくれるはずだ。
「君の【光魔法】のスキルレベルは?」
「現時点で85ですよ。一年後に90になれば上級魔法の【リジェネレーション】が使えるようになります」
【リジェネレーション】とは【ヒール】系の最上位魔法で、部位欠損の修復まで可能なのだ。腕一本くらい楽勝で元に戻せるだろう(多分…)。
「よし、分かった。では、君の配下になってやろう。月給300万ベルも忘れるなよ」
「そ、そんなぁ。先生、あんまりだぁ」
ふぅ~、良かった。最悪、メフィストフェレス氏を呼び出さなければならないのかと思ったよ。ちなみに、メフィストフェレス氏の【徒手格闘術】のスキルレベルは300なので、いくら剣術が120であっても、ユーリさんは太刀打ちできないと思う。
彼女がメフィストフェレス氏に殺される未来を回避できて良かったよ。
・・・
俺はカルローネ氏とリュート様に猿轡を噛ませて、耳にも詰め物をしたあと目と耳の部分を合わせて布でグルグル巻きにした。
ごちゃごちゃと文句が五月蝿いから、五感のうち『見る』『聞く』を奪っておこうってわけだ。
そのあと、ユーリさんへと話しかけた。
「それでは、騎士団がここへやってくるまでは暇なので、ユーリさんの事情でも聞かせてください。あ、言いたくなければ無理にとは言いませんが」
「別に良いぞ。そうだな、どこから話すか…。私は近衛騎士団の一員で、この国の第三王女の専任護衛に任命されていたのだ。しかし、王女様の地方巡幸の際、ある魔獣に襲われてな。たまたま馬車の外の街道沿いでお花を摘んでいた彼女が被害に遭われたのだ」
ああ、『お花を摘む』とは『用を足していた』ってことか。
あれ?でも王女様が魔獣に襲われたなんて、かなりの大事件だよな。そんな噂は冒険者ギルドでもアインホールド伯爵家でも聞いたことが無かったんだけど…。
「近くに侍っていた私は即座に王女様の左腕を引っ張って、間一髪魔獣の攻撃からは助け出した。ところが、力加減を間違えたため、王女様の左腕は脱臼してしまってな。さらに悪いことに彼女にとって不名誉な状況になってしまったのだ。これは私の口からは言えないぞ。察してくれ」
お花摘みの途中ってことは、もしかして粗相をしてしまったのかな?つまり、お漏らしか。
「もしかして、右腕はそのときに?」
「ああ、しくじったよ。右肘の上あたりを噛み千切られた。なんてことないDランク魔獣のヒュージウルフごときに腕を持っていかれるとは、全くもって油断したよ」
ここでテレサお嬢様が俺たちの会話に加わってきた。
「それは、護衛として勲一等の働きであると思います。第三王女様の命の恩人ではありませんか」
「肩の脱臼の痛みと不名誉な事態に王女様が王宮に引きこもってしまわなければな。ご自身の命が危険に曝されたこと、さらに私が右腕を失ったこと。それらによるトラウマが引きこもりの原因の一つなのかもしれん。もちろん、神官による治癒魔法で脱臼は即座に治ったぞ。ただ、心の問題まではどうしようもない」
あれ?…ってことは、まさかこの事態の責任を取らされて、首になったってことなのか?
「誰かが責任を取らなければ収まらない状況だった。そして、それはどう考えても私しかいないだろう。だから近衛騎士を首になったことに対する不満は無いのだ。しかしな…」
まだまだユーリさんの独白は続く。
「生涯を騎士道に捧げると決めて未婚だった私だが、これを機に婚活でもしようかと思っていた矢先、近衛騎士団長だった父上が失脚した。確証はないが、おそらく現在の近衛騎士団長の画策だ。さらには近衛騎士団員だった兄上までも閑職に追いやられ、騎士爵の身分も剥奪されてしまった。もはやこの国に見切りをつけて、他国に亡命でもしようかと家族で話し合っていたのだよ。他国で騎士には成れなくても、冒険者にでも成れば良いかと思っていたしね」
あれ?まさかお二人は?
「父上と兄上は不審死したよ。明らかな毒殺だったというのに、警吏本部による捜査は雑なものだった。未だに犯人は捕まっていない。どうだ?この国を見限るのに十分な理由だろう?」
「ご家族は全員お亡くなりになったのですか?」
「兄上の奥方とまだ幼い息子がいる。私から見れば義姉と甥だな。私がこの国を出て行かず、金を稼がなければならない理由はその二人にあるのだよ」
なるほど。お二人の生活を金銭的に援助されているというわけか。マジで良い人だな。
それなら俺としても、月給300万ベルを払う甲斐があるってものだ。
それにしても、酷い話だ。現在の近衛騎士団長が毒殺事件の黒幕で、警吏本部にも圧力をかけているってことだろうか?
だとしたら、到底許せる話ではないよ。こういうときこそ、せっかく貰った貴族の権力(ツキオカ男爵家の力)を振りかざすべきなんじゃないかな?




