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165 誘拐事件の裏側 ~第三者視点~

 ミュラー公爵家の当主であるハインリヒ・ミュラーは激怒していた。

 愛娘(まなむすめ)であるテレサの護衛から信じ(がた)い報告が上がってきたためだ。それは護衛の失敗という許されざるものだった。護衛騎士の死をもって(つぐな)うべき大失態である。


 一家は毎年春先に領地から王都へとやってくるのだが、テレサは平民に(ふん)して(おこな)う街歩きをいつも楽しみにしていた。そう、平民街を散策するのは恒例行事なのだ。

 したがって、護衛の担当者としてもその任務は慣れたものであり、今年も何事も無く終わるものだと思っていた。白昼堂々拉致(らち)されるなど全くの想定外だったのである。

 また、護衛騎士が徒歩ではなく馬に騎乗さえしていれば、拉致の犯人を見失うこともなかったはずだが、今更悔やんだところでどうしようもない。

 方角的には王都の外へと向かったようだが、東西南北の街門からは貴族家の馬車(これは護衛騎士が目撃していたが、側面の紋章を確認することはできなかった)が王都の外へ出たとの報告は上がってこなかった。ただ、馬車を乗り換えた可能性もあるため、テレサとその侍女が必ず王都内にいるとは限らない。


 なお、護衛から報告が上がったあと、ハインリヒは王都にいるミュラー公爵家騎士団員を全員招集し、テレサたちの捜索にあたらせたのは言うまでもない。

 ただし、あまり大っぴらに捜索することはできない。つまり、聞き込みなどには制約が生じる。

 その理由は、『拉致や誘拐された令嬢が犯人によって傷物にされた』との噂が生じるためだ。助け出されたあとに女性の医師による診察を受けて、処女であることを証明してもらうこともできるのだが、『医師を買収して証言させたのだろう』とも噂されてしまうので、あまり意味はない。

 要するに、拉致や誘拐が世間に広まった瞬間、その令嬢の縁談は無くなると言っても過言ではないのだ。中年や高齢の貴族の後妻の話はやってくるものの、言い換えればそういう縁談しか来なくなる。


 さらに言えば、誘拐犯が身代金を受け取ったあとに令嬢や令息の身柄を返還した場合、犯人が警吏による訴追を受けることもない。なぜなら、警吏本部にその貴族家から圧力がかかって、誘拐事件そのものが無かったことにされるからだ。

 余談だが、令嬢だけでなく令息であっても同様の状況になる。誘拐されたことが世間に広まった場合、尻を掘られたのではないかと噂されることになるためだ。いずれにせよ(被害者でありながら)不名誉なことであるという世間の批判にさらされるのは、実に理不尽(きわ)まりない。


 ただ、誘拐犯が紳士的(…というのも変な話だが)である場合、身代金さえ払えば、被害者が乱暴されることなく帰ってくることも多い(犯人側からしたら、ご令嬢に自害されては困るからだ)。

 ハインリヒとしては、そうであることを祈るしかないという状況だった。


 そんなとき、ミュラー公爵家の王都別邸に手紙が届いた。

 それは身代金の額とその受け渡しの方法を指示するものだった。その額は3億ベル。平民にとっては大金だが、ミュラー公爵家にとってはそれほどでもない。

 娘の命とその貞操の価値を考えれば、安いくらいだ。


 ただ、騎士団による捜索は難航しているものの、中止命令は出していない。

 できれば、誘拐犯の居場所を突き止めて、彼らを皆殺しにすることで口封じを図る。それが後顧(こうこ)(うれ)いを断つ最も確実な方法なのだから…。


 ・・・


 場面は切り替わり、ここはツキオカ男爵家の屋敷。

 拉致事件を目撃したサトルとナナの兄妹(きょうだい)だったが、馬車を追いかけていったサトルとは別行動をとったナナは、急いで屋敷に戻りアンナに報告した。

 警吏に通報しなかったのは、拉致された女性たちが貴族令嬢に思えたからだ(それに警吏に通報するのならば、それは彼女たちの護衛の役目だろう)。

 こういうときにどう動くべきかの判断はアンナに任せる。それが一番であるとナナは瞬時に判断したのである。


「ナナさん、警吏に言わなかったのは正解ですよ。貴族令嬢が誘拐されたことはできるだけ秘密にしなければなりません。それにサトルさんが追いかけたのであれば、きっと悪いようにはならないはず…。サトルさんからの連絡を待ちましょう」

「うん、分かったよ。でも大丈夫かな?お兄ちゃん、無茶しなきゃ良いんだけど…」


 この会話の数時間後、庭で花壇の整備をしていたオーレリーが驚きの声をあげた。

「お父さん、どうしたの?ここって貴族街だよ。巡回している警吏の人に職務質問されちゃうよ」

「いや、ツキオカの旦那からの頼まれ事だ。ここにいるアンナって人か、ナナって人にこの手紙を届けてくれってな」

 手紙といっても封筒に入っているわけでもないただのメモ用紙みたいなものだったので、見るともなしにオーレリーにもその内容が見えてしまった。

「ちょっ、大変!アンナ様、アンナ様ぁ!」

 父親の手を引っ張って屋敷の玄関へと向かいつつ、アンナを呼び続けるオーレリーだった。


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