164 事件を通報
とりあえず、現時点で判明している事情(営利誘拐事件)と、この場所(カルローネ家の屋敷)を記した手紙でも書いておこう。
俺はソファの後ろでこっそりと、【アイテムボックス】から取り出した筆記用具で現在の状況をメモ用紙に記した。同じ部屋の中にいる三人には気づかれないようにね。
夜になってからこの手紙をメフィストフェレス氏に届けてもらうのがベストな選択か…。いや、彼には俺の屋敷の場所をまだ教えてないんだよな。地図を書いても、あの辺りは貴族の屋敷が多くてごちゃごちゃしているから、間違って別の屋敷に届ける可能性も…(そんなことになったら大パニックだ)。
あと、警吏への通報自体が遅くなってしまうな。どうしても夜まで待たなくてはならないし…。
そんなことを考えながら、何の気なしに窓の外を眺めた俺…。
すると見覚えのある男性の姿が…。背中に大きな籠を背負っていて、片手にはトングを持っている。
あれってオーレリーちゃんの親父さんじゃないか?
スラム街でゴミ拾いを仕事にしている親父さんは、屋敷の周りをうろついていても見咎められることは無い。なにしろ仕事中だからね。
俺は即座に窓を開け放ち、【空間魔法】の【ジャンプ】を発動して3階の客間から庭へと降り立った。いきなり部屋の窓が開いたせいで、人質の三人は驚いたと思うけど、仕方ない。
さらに正門の横の小さな通用門から敷地の外へ出て、オーレリーちゃんの親父さんの元へと近づいていった。
俺は認識阻害のローブを脱ぎ、それを左腕にかけた状態で親父さんの背後から声をかけた。
「親父さん!オーレリーちゃんの親父さん。サトルです。お久しぶりですね」
いきなり背後から声をかけられて驚いた様子の親父さんだったが、俺の姿を見て安堵の表情になった。
「おや、旦那じゃありやせんか。こんな所でどうされやした?」
「親父さん、どうか助けて欲しい。実は…」
俺は簡単に事情を説明し、彼に先ほど書いた手紙を託した。
「お安い御用でごぜぇやす。旦那のお願いとあらば、何を犠牲にしても叶えてみせますぜ」
「うん、よろしく頼むよ。お礼はまたあとでな」
ミュラー公爵家とハウスホーフェン侯爵家からのお礼を期待しておいて欲しい。
親父さんを見送ってから、俺は再び認識阻害のローブを羽織り、カルローネ氏の屋敷へと戻った。
3階の窓が閉まっていたら厄介だな。【ジャンプ】の魔法って、間に障害物があると発動できないからね。
…で、幸いなことに客間の窓は開いたままだった。開け放たれた窓の下から3階の客間の中へと、難なく【ジャンプ】で戻ることができたよ。
「はぁぁぁ、お嬢様とリュート様は良いですよね。私はこの身を凌辱されることが確定なんですよ。自身の尊厳を守るため、もう自害しても良いですよね?」
あれ?侍女のローリーさんが、やさぐれていた。この短い時間に何があったんだ?
「ダメよ。あなたのことはきっと助けてあげるから…。あなたの身の安全を条件にして、その分の身代金を積み上げるように交渉するわ」
「ああ、我が侯爵家からも君の分の身代金を払おう。だから、自暴自棄にだけはならないでくれ」
「お嬢様は私が死んだ場合、奴らの毒牙がご自分に向くことを懸念されているのでは?」
うん、気持ちは分かるけど、それは言っちゃいけないやつ…。
テレサお嬢様がショックを受けた表情になってるよ。
なんか人間関係が悪化しそうだから、俺の存在を教えておいてあげようかな。オーレリーちゃんの親父さんのおかげで、警吏本部にこの事件が伝わるのは確実だし…。
俺は部屋の外にいる(であろう)見張りに気づかれないように、小声で声をかけた。
「ローリーさん、大丈夫ですよ。あなたのことは俺が守りますから。もちろん、テレサお嬢様とリュート様のことも…」
「だ、誰?この部屋の中に私たち以外の誰かがいるの?」
ローリーさんが部屋の中を見回しながら、焦った声で何もない空中に問いかけた。話相手が見えないってのは確かに不気味だよな。
「お静かに…。外の見張りに気づかれますよ。俺の名はサトル・ツキオカです。たまたま平民街でお二人が拉致された瞬間に立ち会いましたので、ここまで追いかけてきたのです」
「ツキオカ様ですって?まさか、お父様が親友一家の恩人だとおっしゃっていた、あのツキオカ男爵ですか?」
テレサお嬢様は俺の家名をご存知のようだ。てか『お父様』ってことは、彼の妹さんではなく、娘さんだったのか。
「ええ、ハインリヒ・ミュラー公爵にはお世話になっております」
まだそれほどお世話にはなっていないけど、一応社交辞令ってやつだな。
ちなみに、これは後で判明したのだが、テレサお嬢様はエイミーお嬢様やイザベラお嬢様と同じ13歳(いや、もう14歳かな?)で、ミュラー公爵が16歳のときに生まれたお子さんらしい。何というか、羨ま怪しからん話だ。
「そう。ツキオカ様がおっしゃるのなら、間違いなく私たちは無傷で助かることでしょう。ローリーも安心して良いわよ。ツキオカ様に全てお任せしましょう」
「お嬢様、ツキオカ様とはどのようなお方なのですか?」
「つい最近、男爵位に叙された若い殿方で、公式には二属性、本当は三属性の魔術師様よ」
「と、三属性?それは本当でございますか?王宮勤めの魔術師様たちの中にも三属性の方などいらっしゃらないと思うのですが…」
あれ?何でテレサお嬢様が知ってるんだ?王室限りってことにしたはずでは?いや、それは全属性という情報だったかな?
自分でもよく分からなくなってきた。まぁ、良いか。
ちなみに、俺の情報を嬉しそうに話すテレサお嬢様のことをリュート様が恨めしそうな目で見ていたよ。
やはり、ローブを脱いで姿を現すのは止めておこう。リュート様からの嫉妬の視線を浴びそうだからね。




