016 アンナ・シュバルツの回想②
休憩所を出発しようというときにツキオカ様がご提案されました。賊の一人を尋問しようと…。
詳しく聞いてみると、どうやらこの男、今から向かうデルトの街の役場職員とのことでした。
さらに自ら毒をあおって自害しようとするなんて、誰かに依頼されたということを証明する行為に他なりません。ただ、その依頼者の名前は聞き出せませんでしたが…。
まさかデルトの領主である準男爵様がこの襲撃を命じるはずは無いでしょうし、おそらく街へ入れば安全になると思います。
襲撃の第二波がやってくるおそれもありますし、早く進みたいのは山々ですが、捕虜となった賊たちのせいでなかなか速度が上がらないのがもどかしい。
結局、街まであと少しというところで野営することになりました。
ただ、夜間の襲撃もなく、翌朝を迎えられたのは僥倖でした。
そして、この朝食の席で私は衝撃的な出会いを果たすことになったのです。そう、ツキオカ様のおっしゃる『菓子パン』なるものとっ!
そもそも『お菓子』と『パン』は全くの別物です。
しかし『菓子パン』は主食としてのパンの常識を破壊するものでした。まさに食の革命!
まず『クリームパン』なるものとの出会いから記しましょう。
見かけは単なる白パンですが、領都のお屋敷の厨房で焼かれている白パンよりもさらに柔らかそうです。
そして二つに割った一方を気前よくお嬢様に渡したツキオカ様。
受け取ったお嬢様は、中に詰められている白いソースを指先に付けてなめるという貴族令嬢として、とてもはしたない行為をされていました。
思わずお嬢様を注意しようとした私ですが、お嬢様の心からの叫びに妨げられました。
「甘~い!なにこれ?なにこれ?こんな甘い食べ物、今まで食べたことがないわ」
え?甘い?料理の中には甘辛いようなソースもありますが、そういう甘さではないような気がします。
さらに少しずつちぎって食べるべきパンをあろうことか、かぶりついて食べ始めたお嬢様…。
「はわわわぁ、パンも柔らかくて美味しい!これは天上の食べ物ですか?」
私としても興味津々です。
思わずツキオカ様(の持つもう片方のパン)を凝視しながらこう言いました。
「お嬢様、マナー違反でございますよ。私がお手本を見せて差し上げたいのですが…」
ツキオカ様はなんだか諦めたような表情になって、私に残った半分をくださったのでした。
「よろしかったらどうぞ。半分しかありませんけど」
強奪したような気分になってしまいましたが、きっと気のせいでしょう。
震える手でパンをちぎって口に運びました。もちろんお嬢様が甘いとおっしゃられた白いソースをたっぷり付けた状態です。
「!!!」
その美味しさに言葉が出ません。
この甘さはいったい何でしょう?私は『鑑定』スキルを使って原材料を確認してみました。製法までは分かりませんが、何が使われているのかくらいは分かります。
当然、パン全体ではなく、カスタードクリームと呼ばれている白いソースを『鑑定』してみたのです。すると【小麦粉(薄力粉)・砂糖・牛乳・卵の黄身・バニラエッセンス】と出てきました。
うーん、バニラエッセンスというものだけは詳細不明ですが、その他の材料については割と一般的なものですね。これらをどう組み合わせればこのような極上の味になるのでしょうか?
ああ、製法が知りたい!『鑑定』のスキルレベルが上がれば製法まで分かるようになるのでしょうか?
あ、しまった。全て食べきってしまいました。これで、もはや『鑑定』することはできません。ツキオカ様がレシピをご存知なら良いのですが…。
その後、あと二種類の『菓子パン』についてもなぜか気前良くご提供いただきました。別に物欲しそうにしたつもりは無かったのですが…。
ナイフとフォークを使って一口大に切り分けたのは、お嬢様がかぶりついてお食べになるのを防ぐためです。あと、私も毒見役として両方を食べる必要がありますし…。
ツキオカ様もおっしゃっていました。『お二人で』食べて…と。
お嬢様がまず手に取ったのは『鑑定』によると『ツナコーンマヨネーズ』という名前のパンでした。鶏を蒸したような肉は海の魚だそうです。ゆでたコーンは一般的ですが、『マヨネーズ』なるものにはお嬢様が感動されていましたね。私もあとで食べてみたところ、その感動が良く分かりました。
その『マヨネーズ』部分を『鑑定』すると、原材料が【卵の黄身・食用植物油・酢・塩・香辛料】と分かりました。香辛料とはコショウなどのことでしょうか?それだけは入手困難ですが、そのほかはどこにでもある材料ですね。うーん、作り方が知りたい!
私が最初に手に取ったのはパンの上に赤いソースが塗られていて、その上にはオニオンと薄い肉、それらを覆うように溶けたチーズがかけられているパンでした。『鑑定』によると『ピザパン』という名前のようです。
赤いソースを『鑑定』する前にツキオカ様に教えていただいたのですが、なんとトマトを加工して作られたソースらしいです。
お屋敷の料理長にトマトの可能性を伝えれば、きっと独自のトマトソースを作っていただけるのではないでしょうか?今からとても楽しみです。
お嬢様と二人ですっかり食べきってしまいましたが、マクシミリアン隊長を筆頭とした騎士様たちの視線が痛いです。
私たちがあまりにも美味しそうに食べていたせいでしょう。実際に極上の味わいでした。ツキオカ様の祖国へ一緒に行ってみたいと思うくらいには。
もう一つ驚かされたことがあります。それがツキオカ様のお国の『紙』です。
菓子パンは白くて滑らかな敷物の上に置かれていたのですが、私はそれがまさか『紙』であるとは思いもしませんでした。
ツキオカ様は『いらないから捨てて』とおっしゃっていましたが、捨てるなんてとんでもない。このような美しい紙は見たことがありません。
紙とはもっと分厚くて、もっとゴワゴワしているものです。インクを付けたペンで書かれた文字がすぐに滲んでしまうようなもの、それが我が国の紙なのです。
ところがどうみてもこの紙はインクが滲んだりせず、文字がスラスラと書けそうです。ツキオカ様のお国はどれだけ進んだ技術をお持ちなのでしょうか。
菓子パンを載せていたせいで少しだけ汚れていますが、ツキオカ様に無理を言ってこの紙をいただきました。
領都にいる技術者にこの紙を見せれば、もしかしたら我が国でも製紙技術が発展するかもしれませんし…。




