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159 電卓

 この国、というかこの世界には計算を補助するような道具って無いらしい。

 電子計算機はもちろん、算盤(そろばん)すら存在しないのだ。

 計算方法は暗算か筆算、それがこの世界の常識だ。


 実は俺の持ち物の中には百均ショップで購入した電卓がある。ただし、購入価格は100円じゃなくて、500円だったけどね(正確には、消費税込みで550円)。

 要するに、ちょっと良い電卓なのだ。

 まぁ、日本ではスマホの電卓アプリも併用していたせいで、そんなに出番は無かったんだけど、いつも念のためにカバンに入れて持ち歩いていたのだ。


 【アイテムボックス】に入れっぱなしだったその電卓のことを思い出したのは、マリーナさんが【会計】のスキルを持っていたから…。

 ソーラー電卓なので壊れない限りはずっと使えるし、そうそう壊れるものでもない(はずだ)。

 ただ、ボタン上に書かれている文字と液晶ディスプレイに表示される計算結果(数字)が、この国の文字とは異なるんだよ。俺とナナだったら問題ないんだけど、マリーナさんにプレゼントするには、このままってわけにはいかない。


 俺はアラビア数字とこの国の数字の対比表を作り、電卓のボタンには紙を接着剤で貼り付けた。具体的には、数字(0~9)と四則演算記号(+,-,×,÷,=)のボタン上の文字をこの国の文字に変更したってこと。

 ただし、液晶ディスプレイに表示される数字については変更できないので(アラビア数字のまま)、それは対比表で確認してもらうしかない。


「マリーナさん、この人工遺物(アーティファクト)を差し上げます。仕事に役立ててください。簡単に使い方を説明しますね」

 俺は電卓の操作方法(…ってほどじゃないけど)をマリーナさんに説明してあげた。

 『M+』とか『M-』なんかのメモリに関する機能については、実は俺も良く知らないので省略したけど…。

「これはすごいです。8桁の四則演算がこんなに簡単にできるなんて!このような素晴らしい人工遺物(アーティファクト)をいただいてもよろしいのでしょうか?とても高価なものだと思うのですが…」

「俺の祖国であるニッポンで500ベルで買ったものですから、お気遣いなく…」

「え?500万ベルですか?そのような高価なものを…」

「いえ、500万ベルではなく、500ベルですよ。銀貨5枚ってことですね」

「はあぁぁぁ?」

 マリーナさんが絶句していた。もっと安い100ベル相当の電卓もあるって言ったら、どうなるんだろう?


「お兄ちゃん、ニッポンの常識って、この国では非常識になるんだからね。この世界での電卓は500万ベルどころか、500億ベルくらいの価値があるよ」

 いやいや、さすがにそこまでは無いだろう。

「でんたく?この人工遺物(アーティファクト)は『でんたく』という名前なのですか?」

 同席していたアンナさんが俺に質問した。

「はい。電子卓上計算機という名称を省略して『電卓』と呼ばれています」

「『電子』という言葉の意味は分かりませんけど、テーブルの上で計算できる機械ということですか…。さすがはニッポン国ですね」

 アンナさんにとっては、どんな奇想天外な物であっても『ニッポン国の物だから』ですぐに納得できるらしい。間違った知識を植え付けてるんじゃないかと、たまに不安になるよ。


「マリーナさん。結果表示の部分だけは見慣れない文字なので、慣れるまでは大変でしょうけど、どうか活用してくださいね。あ、ちなみに太陽光をエネルギー源としていますので、壊れない限りは無限に使い続けられます。もちろん、【ライト】の魔道具や蝋燭(ろうそく)(あか)りでも動作しますよ」

「は、は、はいっ!このような素晴らしい人工遺物(アーティファクト)をいただき、誠にありがとうございました。経理のお仕事を頑張ります」

 背筋をピシッと伸ばして、両手で電卓を(ささ)げ持つマリーナさんだった。いや、そこまでの物じゃないよ。500円だし…。


「ところでこのボタンは何なのでしょうか?」

 マリーナさんが指さしたのは『(ルート)』記号だった。

「ああ、それは平方根を求めるボタンですよ。二乗されたあとの数値から元の数値、つまり二乗する前の数値を得られます」

 俺は一例として、64を入力したあと(ルート)ボタンを押して、その結果が8になることを実演してみせてあげた。

 マリーナさんは驚きで固まっていたけど、これを見たアンナさんが俺に言った。

「素晴らしいです。『分散』から『標準偏差』を一瞬で計算できるということですね。正規分布を使った統計学的推測を行う際に絶大な威力を発揮しそうです」

 おぉ、懐かしい言葉だ。統計学の基礎で出てくるやつだな。


「お兄ちゃん、アンナさんの言ってることって分かる?」

「ああ、一応はな。個々の数値から平均値を引いたものが『偏差(へんさ)』で、それを二乗して全て足し合わせると『偏差平方和(へんさへいほうわ)』となる。それを『要素数』または『要素数-1』で割ったものが『分散(ぶんさん)』で、その平方根を取ると『標準偏差(ひょうじゅんへんさ)』になるんだ。これは『ばらつき』の指標として用いられる値だな。そしてある事象が『正規分布』に従う場合、『平均値』と『標準偏差』さえ分かっていれば、連続型確率分布の中での一つの値の位置付けを推測できることになるんだよ」

「うん、さっぱり分からないってことが分かったよ」

 ちょっと説明が雑だったか。まぁ、知らなきゃ知らないでも別に構わないけどな。


「要するにだな。個々の値が平均値とどれだけ離れているかの『平均』をとっているわけだ。簡単に言えば、『偏差』の絶対値の『平均値』ってこと」

「なんで二乗してるのさ」

「『偏差』の定義って『個々の数値から平均値を引く』ことになっているんだ。…ってことは、当然マイナスの数値になる場合もあるよな。負の数を正の数に変換するために二乗しているってわけ」

「いや、絶対値をとれば良いんじゃないの?」

「知らんよ。とにかくそうなっているんだ。で、『分散』は二乗した数値から計算されているから、それを元の状態に戻すために平方根をとるってわけだ」

「うーん、分かったような分からんような…」

 ナナが頭をひねっている。まぁ、初めて聞いた時点では、混乱するのも無理はない。


「さすがはサトルさんです。この国では王立高等学院に通わなければ習うことができないような知識ですのに…」

「ねぇ、お兄ちゃんの大学って旧帝だったの?」

 旧帝というのは旧帝国大学のことだな。つまり、東大や京大なんかのレベルの高い国立大学のこと。

「まさか、私立のFラン大学だぞ。自慢じゃないが、大学名を伝えても『聞いたことないなぁ』って言われるようなところだ」

 いや、本当に自慢じゃない。てか、別に謙遜しているわけじゃないし、自虐ってわけでもないよ。


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