158 お屋敷
今日はイザベラお嬢様の案内でお勧めの不動産物件(お屋敷)を見に来ている。
そのお屋敷は、アインホールド伯爵家の王都別邸から徒歩で30分ほどの距離だった。当然、貴族街の中の一角だ。
「ここはある子爵家の持ち物だったのだが、そこの領地で不作や災害なんかがあってね。やむなく手放すことにしたそうだ。こじんまりとした良い屋敷だと思うぞ。それでも10LDKはあるがな」
おお、10LDKならば部屋数は十分だな。てか、ちょうど良い大きさだ。俺たち5人とマリーナさん姉妹で7人だからね。
「庭はそんなに広くないが、馬小屋と警備員用の駐在所も揃ってるぞ。門の近くの駐在所については、使用人の住む家にしても良いしな」
「良いですね。内見もできるんですよね?」
「ああ、すでに無人になっているし、鍵も預かってきたからな」
イザベラお嬢様の先導で、俺たち(『暁の銀翼』メンバー)は建物の中へと入っていった。掃除は定期的にしているらしく、別に埃っぽくはなかったよ。
全ての部屋を一通り見て回ってから玄関ホールに戻ってきた俺たち。
ちなみに、この建物は2階建てで、1階にはLDK+3部屋(当主夫妻の寝室、執務室兼書斎、応接室)、2階には7部屋があった。2階の部屋は貴族の持ち物にしては小さく、一部屋が8畳ほどしかなかったよ。まぁ、中身が庶民の俺にとっては十分な広さだけどね。
トイレは1階と2階の両方にあったけど、風呂場は無かった。残念…。
なお、家具類については、最低限度のものは揃っていた。テーブルやソファ、タンス等だね。
余談だが、アインホールド伯爵家のお屋敷の部屋って、一部屋が20畳以上はあったりする。イザベラお嬢様によれば『そのくらいは普通だ』って言われたけど…。
「良いですね。俺は気に入りましたよ。まぁ、あとは家賃が問題ですけどね。果たして払える額なのかどうか…」
他のメンバーも気に入ったらしい。やはり、コンパクトなのが高評価のようだ。あまりに広いと掃除が大変だからね。
「この屋敷はすでに子爵家から不動産屋に売却済みでな。一括購入ならば土地・建物一式で20億ベルらしい。ただ、賃貸でも構わないそうだ。その場合の毎月の家賃は500万ベルだ。まぁ、値切り交渉次第では多少は安くなるかもしれんがな」
うーん、年間で6000万ベルってことか…。貴族年金として貰える額である1億ベルの6割だよ。ちょっと厳しいかな?
「サトルさん、私はお得な物件だと思いますよ。どこまで値下げできるかは分かりませんが、もしも資金が不足するようでしたら冒険者としての収入で補填しましょう」
アンナさんは乗り気のようだ。
「お兄ちゃんの部屋は1階だね。で、女性陣の部屋として、マリーナさんとサーシャちゃんの分も含めて2階の6部屋を使おう。お兄ちゃんは2階に上がってくるの、禁止ね」
はぁ?
当主なのに屋敷の中に立ち入れない領域があるの?
「私にも一部屋いただけるんですか?そ、そんな贅沢な…」
当然だよ、オーレリーちゃん。
全員公平な待遇ってのが、うちのモットーだからね。
「私は警備責任者として1階が良いな。あれ?寝室が一部屋しかないね。仕方ないなぁ。サトルと同じ部屋で良いよ」
…って、サリーさん。それはダメだろ。
未婚の男女が同じ部屋で寝起きするのはマズイって…(同じ建物であることには目を瞑ってもらうしかないが)。
「そんなの絶対ダメだからね。だったら、妹の私がお兄ちゃんと同室になるよ」
まぁ、サリーよりはナナのほうが世間体としてはマシかな。妹だし。
「ナナさん、抜け駆けは許しませんよ。女性は全員2階、これは決定事項です」
うん、アンナさん。仕切っていただきまして、ありがとうございます。やはり、この屋敷の主人はアンナさんじゃないのか?
「くっくっく、相変わらずモテモテだな。やはり正室の座はアンナ・シュバルツ男爵令嬢で決まりか…。元・侯爵令嬢だとしても、今の私は平民だからなぁ。ちょっと悔しいが、第一側室で構わないぞ」
…などと意味不明な供述をしているイザベラお嬢様がここにいた。
てか、俺ってモテモテなのか?あまり実感がわかないが…。
あと、正室とか第一側室とか、いったい何の話だよ。いや、言葉の意味は分かるんだけど…。
もちろん、イザベラお嬢様から純粋な好意を向けられるのは嬉しいよ。しかし、なにしろ(見た目が)子供だからなぁ。微笑ましい気持ちにしかならないという…。
・・・
最終的な判断として、イザベラお嬢様からご紹介いただいた、あのお屋敷を借りることに決定した。パーティーメンバー全員の賛成も得られたしね。
家賃については、イザベラお嬢様が交渉して下さった結果、月額430万ベルにまで下がった。年間では5160万ベルってことだな。
今日は、俺たちの引っ越しと、マリーナさんとサーシャちゃん姉妹の引っ越しだ。まぁ、俺たちの場合、私物は全て【アイテムボックス】に入っているし、運ぶ荷物なんて無いんだけどね。
なので、うちの幌馬車でマリーナさんの家まで行き、必要な荷物を運ぶことになった。で、向かったのは御者のできる俺とオーレリーちゃんだけで、残りのメンバーは屋敷の掃除だ。
あ、そうだ。貴族っぽい馬車も買わないといけないな。この幌馬車で王城へ行くわけにもいかないし…。
「運ぶ荷物はこれで全部かい?意外と少ないな」
大きな木箱が一つと手提げかばんが二つだけだったよ。
まぁ、タンスなどの家具については、屋敷に備え付けのものがあるからね。
「男爵様、どうぞうちの娘たちをよろしくお願い申し上げます」
「はい、お任せください。責任をもってお預かりします」
姉妹のご両親はとても心配そうにしていたけど、それは当然のことだろう。
大切な娘さんたちの身柄を預かることに、身が引き締まる思いがするよ。
屋敷の玄関前に馬車を横付けし、荷物を2階へと運ぶ俺…。まだ2階への立ち入りは禁止されていないらしい。
てか、【アイテムボックス】を使えば楽なんだけど、この姉妹にそのスキルを見せるのは時期尚早だと判断した。なので、重い木箱を抱えて階段を上っているのだ。
俺としては、この姉妹に【アイテムボックス】を【コーチング】するのは、吝かではないんだけどね。
とりあえず、なんとかごたごたが落ち着いたのは夕暮れ時だった。
全員でLDKのリビングに集まり、そこでアンナさんがお茶を淹れてくれた。もちろん、手順をサーシャちゃんに教えながら…。
「それでは皆さん、これからこの屋敷で生活することになりますが、どうぞよろしくお願いします。アンナさんには侍女長として様々な取りまとめを行ってもらうと共に、サーシャちゃんへの指導をお願いします。サリーは屋敷警備の責任者としてよろしく頼むな。ナナは料理人として腕を振るってくれ。オーレリーちゃんは馬たちの世話をよろしくね。マリーナさんはアンナさんの直属の部下として、経理関係の仕事をお願いします。サーシャちゃんは見習いメイドとして働きながら、立派な侍女を目指して欲しい。それではお茶でだけど乾杯しよう。乾杯!」
「「「「「「乾杯!」」」」」」
ここにいる全員が笑顔になっていた。
この笑顔を守ること。それこそが俺の仕事ってわけだね。




