153 第3章エピローグ
この国、エーベルスタ王国の王城は、一般的な西洋のお城(複数の尖塔が建ち並んでいるやつ)のイメージではなく、フランスのヴェルサイユ宮殿みたいな感じだった。てか、行ったことは無いけど…。
要するに、縦じゃなく横に広がっているお城だな。
広い敷地を馬車で走り抜け、一際大きくて立派な建物の前で停車した。そこで下車した伯爵様と俺は、控えていたメイドさん(みたいな人)に案内されて、徒歩で10分くらいの場所にあった大広間に入った。てか、遠かった。
そこにはすでに多くの貴族たち(着飾った煌びやかな人たち)が集っていたよ。ざっと50~60人はいるだろうか?
男性だけじゃなく女性もいるな。9対1くらいの割合だけど…。
「アインホールド伯、ツキオカ殿」
声をかけてきたのはシュバルツ男爵だった。横には緊張でそわそわしているアイーシャさん、いやデルト準男爵もいたよ。
「うむ、シュバルツ男爵にデルト準男爵か。特にデルト準男爵は初の登城で緊張していることと思うが、気を楽にな」
「はっ、はい。まだ魔獣を相手にしているほうが気が楽でございますが、なんとか務めさせていただきたいと思っております」
アイーシャさんって、ギルド支部長になる前はBランクの冒険者だったらしい。あとで聞いたんだけどね。
「おぉ、アインホールド伯爵とツキオカ殿ではありませんか。ご無沙汰しております」
そう声をかけてきたのは小太りのおっさん、いやロータス子爵だった。ゲイル君は元気かな?
にこやかに挨拶を交わす伯爵様とロータス子爵、あと俺…。
ロータス子爵は俺がこの場にいることを不思議に思わないのだろうか?まだ叙爵前だから、ただの平民なんですけど。
あとで伯爵様から聞いたんだけど、どうやら事前に各貴族家へ通達が回っていたらしい。新年度の拝謁の場に黒髪・黒目の男性がいたとしても、決して絡んだりしないようにと…。
てか、黒髪って俺だけなんだよな。さらに言えば、王都を散策していても、黒髪の人を見かけたことは無かったよ。
金髪、銀髪、茶髪、赤髪などなど、カラフルな髪色の人で溢れている世界なのだ。さすがにピンクや青い髪の人は見かけなかったけどね。あ、緑っぽい髪の人はいたな。
…っと、突然ラッパが吹き鳴らされた。
「国王陛下並びに王妃陛下のお出ましである。一同、控えよ」
ばらばらに談笑していた貴族たちが、一段高い壇上へ向かって姿勢を正し、一斉に片膝をついて頭を下げた。俺も事前に作法を聞いていたので、それに倣って膝をついた。
「皆の者、顔を上げてよい。新年度の始まりに、こうして貴族家当主が集まってくれたこと、誠に重畳である。昨年度はハウゼン侯爵家が消えるという不幸もあったが、それを教訓として、貴族家から犯罪者を出さぬように努めて欲しい」
ここで一拍置いた国王陛下は、顔を上げて注視している全員をぐるっと見回した。ちなみに、片膝はついたままなので、早く立ち上がりたいと内心で思っている俺がいる。
国王陛下の視線がアインホールド伯爵様の横にいる俺の目とピッタリ合った。口角が上がって、にんまりとしている表情がよく分かったよ。
てか、陛下までの距離が近いよ。今の位置って攻撃魔法の射程内なんだけど、大丈夫なのだろうか?
「ここで皆に嬉しい知らせがある。王室に70億ベル相当の外貨をもたらし、ハウゼン侯爵家の子息がからんだ犯罪を暴き、なおかつ王都にいた悪徳商人の捕縛に尽力した者がいる。表に出ている功労者はアインホールド伯爵であるが、実際には一人の平民が成したことだ。これはアインホールド伯爵自身からの報告でもある。その者の名はサトル・ツキオカ。本日この場で、この者を男爵位に叙するものとする。ツキオカ男爵、余の前へ」
えっと、立って良いのかな?てか、『前へ』って言われたけど、どこまで進んだら良いのだろうか?
横の伯爵様が立ち上がり、小声でこう言った。
「僕に付いてきなさい」
陛下の御前まで進んだ伯爵様と俺…。壇上の豪華な椅子に座る国王陛下までの距離は10メートルくらいか。隣には王妃様も座っている。
あと、近付いて分かったのだが、国王夫妻の後ろにも側妃様たちや王子様、王女様たちが並んでいた。あ、スマホを持ってくれば良かったな。
ちなみに、国王陛下の容姿は口髭をたくわえた精悍なイケオジだ。王妃様は少々ぽっちゃりとされているけど、お優しそうな方だった。
「ツキオカ男爵よ。そなたに我が国の貴族としての証である短剣及び貴族証を授ける。これからも我が国の発展に寄与することを期待するものである。領地を持たない法衣貴族としての叙爵であるが、これはそなたの希望に沿った措置である。余としては、ニッポン国の高度な知識で領地を富ませるところを見てみたかったのだがな」
赤い布が敷かれたトレイの上に宝石がちりばめられた豪華な短剣と、貴族証というギルドカードみたいな身分証が載せられていた。
そのトレイを両手で捧げ持った役人っぽい人が俺に近づいてきたので、その二つを受け取った。ああ、これで俺も貴族になってしまったってことか…。あまり嬉しくはないんだけどな。
横の伯爵様が肘で突いてきたので、あらかじめ教えられていた口上を述べた。
「この国の王室に永久の忠誠を誓い奉ります。この身は剣、かつ盾とならんことを」
なんとかやり切った…。ホッとしたよ。
このあとは公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵・準男爵の順番で、各貴族家当主が陛下の前に進み出て挨拶の口上を述べていった。
なお、騎士爵家も貴族の一員だと思うんだけど、ここには参列していないようだ。さすがに人数が多すぎるのだろう。
・・・
拝謁のあとは、別室にて立食パーティーみたいな歓談の場が設えられていた。
俺は別に様々な貴族家の当主たちと顔繋ぎする必要性を感じなかったため、ちょっと食事をしたらすぐに退散するつもりだった。
しかし、俺の元へ近づいてきた人物が一人…。
「ツキオカ男爵、お初にお目にかかる。私はハインリヒ・ミュラー。ミュラー公爵家の当主である。以後よろしく頼む」
20代後半くらいだろうか?かなり若い当主だな。いや、俺も若いけど…。
「サトル・ツキオカでございます。こちらこそよろしくお願い申し上げます」
一応、無難に挨拶だけは返しておこう。無理に敵を作りたいわけじゃないからね。
ちなみに、アインホールド伯爵様は別行動をとっている。シュバルツ男爵やデルト準男爵もね。やはり貴族家同士の社交は重要なのだろう。
「ハウゼン侯爵家の事件に君が噛んでいたことは、すでに知っていた。あの家の嫡男であるガイウス・ハウゼンは私の高等学院時代からの友人でね。長女であるイザベラ嬢とも面識があるのだよ。事件の詳細についてはイザベラ嬢から聞いている。本当にありがとう。心から感謝している。今日はそれを伝えたかったのだ」
「あ、いえ、私は自分にできることを行っただけに過ぎません。ハウゼン家のご家族が罪に問われないようにご尽力いただいた方々には、私のほうこそ感謝しております」
そう、最大の功労者であり、最も苦労したのはアインホールド伯爵様だと思うんだよな。俺は伯爵様に要望を出しただけだし…。
「なるほど。アインホールド伯から聞いた通りの人柄だな。よし、我がミュラー公爵家も君の後見となろう。高位貴族から無理難題が舞い込んだ場合は、私に伝えてくれたまえ。決して悪いようにはしないよ」
おぉ、公爵家の後ろ盾を得られたと考えれば、めっちゃありがたい話だよな。陛下の親友とはいっても、アインホールド伯爵様は『伯爵』でしかないし…。
まじでイザベラお嬢様には感謝だな。
『情けは人の為ならず』…。つまり、他人を助けた恩恵がいつかは自分に返ってくるって、まさにこのことだね。
これにて第3章【スラムの住民を助ける】は終了。
章の話数としては、少し短かったですね。てか、スラムの住民を助ける話のメインは妹のナナだったし…。
ちなみに、この国の貴族となった主人公なんですが、別に貴族っぽく振る舞うことはしません。
今後も魔獣を討伐したり、魔道具を作ったり、たまに事件に巻き込まれたりといった普通の生活を送ります。いや、事件に巻き込まれるのは普通じゃねぇよ。
まだまだ、まったりと続いていきますので、読者の皆様には今後ともよろしくお願い申し上げます。




