151 初顔合わせ
アインホールド伯爵家の王都別邸へ二組の家族がやってきた。
一組はデルトの街を治める準男爵アイーシャ・デルト女史と5歳になる嫡男だ。どうやら一人息子らしい。デルト準男爵家の跡取りってことだな。
もう一組は50代くらいで小太りの優しそうなおじさん(おそらくシュバルツ男爵だろう)と若い奥方様、それに10歳くらいの子供だ。
奥方様については、アンナさんの母親にしては若すぎるような…。姉妹と言っても差し支えないかもしれない。
「アインホールド伯、お久しぶりでございます。ご健勝のようで何よりでございます」
「ああ、シュバルツ男爵、久しいな。そちらの子はアンナ君の弟御かな?」
「はい。ようやく誕生した嫡男でして、10歳になりましたのでお披露目をと…」
後でアンナさんに聞いたのだが、お姉さん二人はすでに他家に嫁いでいて、三人姉妹の母親は十数年前に病没しているそうだ。
で、後継者不在に焦ったシュバルツ男爵は後添いを貰い、そして誕生したのが将来の男爵家の跡継ぎとなるこの子らしい。なかなか利発そうな子だ。
「君の名前は?」
「はい!ヨシュア・シュバルツと申します。アインホールド伯爵様にはお初にお目にかかります。どうぞよろしくお願い申し上げます」
おぉ、見た目通り利口な子みたいだな。なかなか素晴らしい口上だ。
「奥方も久しぶりだな。貴族社会のしきたりには戸惑うことも多いだろうが、少しは慣れたかね?」
「は、はい。おかげさまで何とかやっております。まだまだ社交には不慣れでございますが、夫も助けてくれますので…」
温かい視線でシュバルツ男爵を見る奥方様…。これまた、後で聞いたのだが、元々は平民だったらしい。どうやってこんな若い奥さんを射止めたのか、ご教授願いたいよ。
なお、夫婦仲はとても良さそうです。
「アンナも元気だったか?侍女を辞したとの話を聞いて、いよいよ結婚相手を見つけたのかと期待したのだがな」
「お父様、侍女を辞めたのは冒険者活動に専念するためだと、手紙に認めておいたはずですが?あと、結婚相手は自分で見つけますのでご心配なく」
「いや、お前は儂が婚約者探しをしないように常に圧をかけてくるじゃないか。お前の威圧は怖いんだよ。全く誰に似たのやら…」
娘のアンナさんに対して、たじたじとなっているシュバルツ男爵だった。なんか可哀想になってくるね。父親は娘に弱いってのが一般的なのかもしれないな。知らんけど。
ちなみに、この場(応接室)にいるのは、アインホールド伯爵様、エイミーお嬢様、アンナさん、俺、そしてシュバルツ男爵家とデルト準男爵家の家族だけだ。
ここに俺が同席しているのは、彼ら彼女らに叙爵の件の根回しをしておくためらしい。
どうでも良いけど、さっきからアイーシャさんが何か言いたげに俺のほうをチラチラと見ているよ。まぁ、気になるだろうな。
「デルト準男爵もうまくやっておるかね?先々代のデルト準男爵の姪とはいっても、王城に登るのは初めてだろう?僕やシュバルツ男爵を頼ってくれたまえよ」
「はい。アインホールド伯爵には一方ならぬご厚情をいただき、深く感謝申し上げます。王城での作法も分からぬ新参者ではありますが、どうぞよろしくご教授いただきたく、お願い奉ります」
「そちらの子はデルト準男爵のお子さんかな?」
「左様でございます。夫には先立たれたため、この子を一人領地に残しておくわけにもいかず、こちらへ連れて参りました」
アイーシャ女史は寡婦(未亡人)だったのか…。
見た目は若いし(いや、実年齢は知らんけど…)、美人だから再婚なんてすぐにできそうだけどな。あ、貴族になったせいで、それがかえって難しくなったのかも?
「君はお名前を言えるかな?」
「オーソンだよ。おじさんは?」
「おじさんはグレゴリーだよ。オーソン君、お菓子をあげよう」
「わぁ!ありがと、おじさん!」
アイーシャさんがめっちゃ焦った顔になってるよ。いや、まだ幼いんだから仕方ないよね。
注意しようとしたアイーシャさんを目で制した伯爵様は、エイミーお嬢様のほうを向いてこう言った。
「エイミー、アンナ君と一緒にヨシュア君とオーソン君をそちらのほうで遊ばせてあげなさい。リバーシとお菓子を用意しているから」
「はい、お父様。ヨシュア君と奥方様、それとオーソン君、こちらへどうぞ。アンナもよろしくね」
広い応接室の一角で遊び始めた子供たちを視界に収めつつ、伯爵様とシュバルツ男爵、アイーシャさん、俺の四人は椅子が四脚ある丸テーブルに着席した。
「さて、それでは彼を紹介しておこう。こちらはサトル・ツキオカ殿だ。デルト準男爵とは一度会っているらしいね。Fランクの新人冒険者ではあるが、僕やエイミーの恩人でもある。今回の登城の際、僕たちと一緒に陛下の御前まで連れて行く予定だ」
「おぉ、その名前はアンナからの手紙でよく聞いておるよ。そうかそうか、君がツキオカ殿か。うんうん、なかなかの好青年だ。儂がアンナの父親、ラルフ・シュバルツである。よろしく頼むぞ。あと、アンナのこともよろしく頼む」
アンナさんが俺のことを父親への手紙にどういう風に書いているのか、めっちゃ気になるな。この反応なら悪口じゃないとは思うけど…。
「やはりツキオカ殿だったか。見覚えのある顔だと思っていたのだ。私はアイーシャ・デルトである。冒険者ギルド『デルト支部』の元・支部長だったのだが、覚えているかね?」
「シュバルツ男爵、初めまして。こちらこそよろしくお願い申し上げます。デルト準男爵、お久しぶりです。その節は大変お世話になりました。どうぞ今後ともよろしくお願い致します」
伯爵様が続けて発言した。
「彼はこれまで成した数々の功績により、男爵位に叙されることになっている。さらに君たちと同様、うちの寄子となる予定だ。どうか仲良くしてやって欲しい」
二人とも目を丸くして驚いているよ。…って、そりゃそうだよな。
こんな若輩者が叙爵されるなんて、普通はあり得ないことだと思う(多分…)。




