148 エイミーお嬢様王都へ
『魔道ケトル』の試作品を改善して、王室への献上品に耐えるくらいの体裁を整えた。
具体的には、筐体全体の塗装(白色に塗った)と『可変指示器』のレタリング位置だ。
水量(2000ml/1500ml/1000ml/500ml)での目安ではなく、水温での目安に変更したのだ。これはアンナさんの意見がめっちゃ参考になった。
【40°C/60°C/80°C/100°C】の位置に印を付けたことで、実運用時での利便性が高くなったと思う。
魔石についてもテストで使用した中古品ではなく、新品のものに交換して、さらに魔石交換のマニュアルを作成した。まぁ、とは言っても、魔石交換については業者に頼むことになるだろうけどね。
これで一応、初号機と言えるくらいにはなったかな。
初号機完成の翌日、朝食の席で『魔道ケトル』が納品可能になったことをアインホールド伯爵様に伝えた。
「素晴らしい。すぐに王城へ出向き、献上することにしよう。くっくっく、陛下の驚く顔が目に浮かぶよ」
なんだか悪戯っ子のような表情になっている伯爵様…。国王陛下との関係(学生時代からの親友らしい)を聞いていなかったら、ちょっと不敬に感じたかもしれない。
「お父様、それは何ですの?」
突然、女の子の声が食堂に響いた。あれ?エイミーお嬢様?
「エイミー、驚かしてくれるなよ。先触れ無しでやってくるとはな」
普通は護衛騎士の一人が馬を走らせて、この時間に到着することを事前に連絡すべきなんだと思う。エイミーお嬢様の考えたサプライズ演出なんだろう。
「ふふ、申し訳ありません。皆さんもお久しぶりですね。ツキオカ様、アンナ、ナナさん、サーサリアムさん、あれ?そちらの方は初めてお会いしますね」
オーレリーちゃんに目を止めたエイミーお嬢様が不思議そうな表情になっていた。
ここは俺のほうで紹介しておくべきだろう。
「エイミーお嬢様、お久しぶりです。無事に王都へ到着されたこと祝着至極に存じます。この子はオーレリーと言って、『暁の銀翼』の新メンバーですよ」
「そう、私よりも年下なのかしら?まだ小さいのに冒険者として活動しているなんてすごいわね」
「いえ、この子は15歳です。お嬢様よりも年上ですよ。育ち盛りのときに栄養状態が悪かったせいで、この見た目ですが…」
「えええぇぇぇ!それは…。オーレリーさん、私はエイミー・アインホールドと申します。これからよろしくね」
さすがはお嬢様だ。おそらく貧乏人の出であることは推測できたはずなのに、気さくに声掛けしてくれるのはありがたい。
「あ、あのオーレリーと申します。どうぞよろひく、あっ、噛んじゃった…」
真っ赤になって狼狽えているオーレリーちゃんに近づいて、ぎゅっとハグするお嬢様…。
「可愛い!この子をうちの子にしましょう、お父様」
いやいやいや、いきなり何を言いだすのか。年上だって言ってるじゃん。妹ポジションじゃないんだから…。
アンナさんが静かな口調で一言だけ発した。
「お嬢様…」
「ご、ごめんなさい。相変わらずアンナは怖いんだから…。そんなことじゃツキオカ様のお心を射止めることなんてできないわよ」
「なっ!何をおっしゃっているのか分かりかねますがっ!」
俺も意味が分からん。まるでアンナさんが俺に好意を持っているかのような言い方だ。いやまぁ、嫌われてはいないはずだけど…。
「それより、その物体は何ですの?魔道具なのかしら?」
怪訝な顔で『魔道ケトル』を見るエイミーお嬢様へ父親であるアインホールド伯爵様がドヤ顔で説明した。
「これは40°Cから100°Cのお湯を生み出せる魔道具だよ。すごいだろう?」
「え?そんな魔法が存在しますの?あっ!そう言えば以前、アンナがお湯を出す魔法を発動していたわね…。たしか【複合魔法】とか言ってたかしら?…え?まさかこれってアンナが作ったの?」
驚愕の顔でアンナさんを見つめるお嬢様。
「お嬢様、そんなわけないじゃないですか。こちらの魔道具はサトルさんが製作されたものですよ」
「あ、そうか。【複合魔法】は元々ツキオカ様のオリジナルだったものね。それにしても【複合魔法】を魔道具化できるとは素晴らしいわ。ねぇ、ツキオカ様。温風を吹き出す魔道具ってできないかしら?髪を洗ったあとに温風をあてたら速く乾くと思うのよね」
…って、ヘアードライヤーかい!
この国には入浴習慣が無いけれど、洗髪は普通にしているのだ。髪の長い貴族女性にとって、洗った後に髪の水気を取るには何度も乾いた布を当てなければならないため、割と大変そうなんだよな。
「そうですね。【火魔法】と【風魔法】の【複合魔法】で実現できるかもしれません。ちょっと研究してみます」
問題は中級魔法用の『魔道基板』があまり売られていないことなんだよな。もしも素材店で見つけたら即座に買っておこう。
まぁ、魔道具化は先の話として、まずは【複合魔法】で温風(または熱風)を生み出せるかどうかの実験だな。それが発動できなければ魔道具化も何も無いってことだからね。
ここで今まで静かだったナナが口を出してきた。
「お兄ちゃん、『魔道ドライヤー』はぜひ作るべきだよ。イザベラちゃんに言えば、ルナーク商会で経営する旅館のお風呂場に置いてくれるよ、きっと…」
「ん?ナナさん、イザベラちゃんとは誰ですか?」
「はい、イザベラ・ハウゼンちゃんです。彼女は私たちの友達なんですよ」
「え?え?その名前ってハウゼン侯爵家のイザベラ様と同姓同名ですよね。ま、まさかご本人ではないですよね?」
エイミーお嬢様がめっちゃ混乱している。
ハウゼン侯爵家の事件のことは伝わっていないのか?てっきりアキさん(『棒の騎士』アーキンアトキンセル嬢)が報告済みだと思っていたよ。
「エイミー。ハウゼン侯爵家なんだが、実は…」
アインホールド伯爵様からエイミーお嬢様へハウゼン侯爵家がお取り潰しになったことが伝えられた。
その際、俺たちが果たした役割も含めてね。
「うーん、同い年であるイザベラ様とは二年後に王立高等学院でご一緒できると楽しみにしていたのですが…」
「その王立高等学院という教育機関は貴族専用なのですか?」
俺の質問には伯爵様が答えてくれた。
「いや、平民でも通えるよ。ただし、裕福な商人の子息でないと学費が払えないだろうがね」
なるほど…。だったらイザベラお嬢様が学院に通えるようになる未来もあるかもね。なにしろ、かなり荒稼ぎしているみたいだから。
エイミーお嬢様が心配そうに言った。
「それで、現在のハウゼン家は領地収入が無くなったのですよね?もしや、かなり困窮しているのではないですか?であれば、我が家から多少の援助をして差し上げることはできないでしょうか?」
「いや、それがな。侯爵家のときと比べても遜色なく、いやそれ以上に裕福になっているようだよ。先ほどナナ君が言っていたルナーク商会というのがハウゼン家の現在の事業なのだが、その商会にはツキオカ殿が関わっているから、まぁ当然だね」
その謎の信頼は何なんですかね?
「なるほど。ツキオカ様が関わっているのなら確かに…」
…って、エイミーお嬢様まで…。
俺じゃなく、イザベラお嬢様の才覚ですよ。なにしろ転生者なので…(言えないけど)。




