147 魔道ケトル②
『魔道基板』さえ出来上がれば、あとは簡単だ。
水量調節用の部品(可変抵抗器のような回転式のスイッチ)は素材店にあったので(1個5万ベル)、それを組み込む(名前は『可変指示器』)。
筐体自体は、直径30cm厚さ4cmの円盤を台座にして、その円盤の端から直径2cm高さ30cmの円柱が上へと伸びている。上端は直角に折れ曲がっていて、それが台座の中心部分まで水平方向に伸びているって感じ(ロボット掃除機にL字型のパイプが逆に刺さっているってイメージ)。
そのL字パイプの先端から下方へと湯が落ちてくるという仕様だ。
魔石のカートリッジ化は不要だろう(持ち歩かないので)。
台座の端に魔石をセットできるように『魔石ケース』を取り付け、『魔道基板』も台座の中に組み込んだ。
『可変指示器』は台座の横に取り付けて、『魔道スイッチ』は円柱部分(L字パイプ)の一番上にしている。『魔道スイッチ』を押すと湯が出るんだけど、スイッチを台座のほうに付けると沸騰したお湯が手にかかるおそれがあるからね。
なお、『可変指示器』を左いっぱいに回した状態は水量2リットルで、右にいっぱいに回すと水量は500ミリリットルだ。つまり、40°Cから100°Cまで水温を調節できるってことになる(予定では…)。
あと、魔力量の多い高価な魔石を取り付けているんだけど、その理由は一回の発動で魔力消費量が20になるからだ(魔力消費量が10の初級魔法を同時に二つ発動するので…)。
筐体部分を鉄で作ったので、かなり重くなってしまったよ。でも、そのほうが安定しているから、かえって良いんじゃないかな?
『ミスリルコード』による配線を何度も確認して、いよいよ試運転です。うまくいくかな?
『可変指示器』を左いっぱいまで回した状態で、『魔道スイッチ』を押してみる。あ、もちろん2リットルのお湯が入る大きさの空の鍋が台座の上に置かれた状態だ。
よし、いけっ!
『魔道スイッチ』を押してすぐ、湯気を上げながらお湯が鍋に溜まっていく。うん、どう見てもお湯です。…って、いきなりの成功か?
水量と水温を計測して、2リットル/40°Cであることを確認した(正確には、微妙に温度が下がっていたんだけど、おそらく鍋に触れて冷えたのだろう)。
うーん、まじかよ。何度も試行錯誤を繰り返して…ってのを覚悟していたのに、あっさりと成功してちょっと拍子抜けだ。
次に『可変指示器』を右にいっぱい回した状態で、もう一度試してみる。今度はさっきよりも蒸気の噴出が激しいように思える。
計測結果は、500ミリリットル/100°Cだった。よしっ!
あとは『可変指示器』のところに目安となる線と温度をレタリングするかな。あくまでも目安だけどね。
2000ml/1500ml/1000ml/500mlの四か所に目印があれば十分だろう。これは左から40°C/49°C/65°C/100°Cということだね。
ちなみに、水量と水温の関係が一次直線になっていないように思えるんだけど、あくまでも実験結果なので理由は分からん。
とりあえずは(試作品としては)完成したので、お披露目と行きますか。ちなみに、今の時刻は午後の3時過ぎだ。
なお、この魔道具の名称は(仮だけど)『魔道ケトル』とした。
・・・
俺はお屋敷のリビングルームに『魔道ケトル』を持ち込んで、その場にいた『暁の銀翼』メンバーに見せて自慢しようと、いや、意見を貰おうと思ったのだが、リビングルームで寛いでいたのはナナとサリーの二人だけで、アンナさんとオーレリーちゃんはいなかった。おそらく自室にいるのだろう。
できれば全員の意見を聞きたいので、侍女さんに頼んでアンナさんとオーレリーちゃんを呼び出してもらった。あと、もし可能ならアインホールド伯爵様も…(多分、執務室で仕事中だと思うけど)。
ほどなくして、伯爵様とアンナさん、オーレリーちゃんもリビングルームに集合した。
「皆さん、お集まりいただきまして恐縮です。お湯を生み出す魔道具、仮称『魔道ケトル』を試作してみましたので、忌憚のないご意見をお聞かせいただければと思っております」
俺は水量と水温の関係を説明しつつ、実際に作動させてみて、その様子を全員に披露した。
目を輝かせて見ていたのは、アンナさんとこの部屋の中に控えていた侍女さん(名前は知らない)だ。
そのアンナさんがまず発言した。
「サトルさん、これはお茶を淹れるときに絶大な威力を発揮しますよ。貴族家に勤める侍女にとって、お茶をサーブするのは大変なのです。お湯を沸かすところから始めないといけない上、厨房から持ってくるまでの間に少し冷めてしまいますから…。もちろん、緑茶の場合は少し冷めたほうが良いのですけれどね。さらに言えば、お茶を淹れるのに適した温度というものは、茶葉によっても異なるのですよ」
おぉ、さすがは元・侍女のアンナさんだ。詳しいな。
「お兄ちゃん、温度調節ができるのは良いけど、その温度において水量調節ができないというのはどうなの?ちょっと不便じゃないかな?」
「うーん、それはそうなんだけど、大は小を兼ねると思ってもらうしかないな。要は、40°Cのお湯を100mlだけ出したいといった要望への対処だろ?いや、待てよ。できるのか?」
『可変指示器』を二つ取り付けて、【ウォーターストリーム】だけでなく【スモールファイア】についても出力調整ができるようにすれば良いのだ。
ただ、水量つまみの変動は水温に影響するため、水量つまみと水温つまみの両方を使った温度調節はちょっと難しいな。コンピュータ制御ができるのなら、簡単なんだけど…。
「お茶を淹れる温度ですが、緑茶の場合は60°Cから80°C、紅茶の場合は100°Cが適温ですから、1リットル程度が入るポットを準備して、いったんそちらにお湯を溜めておけば良いのです。ですから、このままの仕様でも大丈夫ですよ」
アンナさんがそう説明しつつ、実際に『魔道ケトル』を使って沸騰したお湯をポットに溜め、それを使って紅茶を淹れてくれた。さすがに元は優秀な侍女だっただけあって、手慣れています。
500mlだとカップ約3杯分なので、二回に分けてこの場にいる6人全員の分のお茶を淹れてくれたアンナさん。
お手軽に沸騰したお湯が生み出せるってことに感動していた。
「はっ、よく考えたら、私自身は魔道具無しでも沸騰したお湯を得られるってことですよね」
「アンナさんの【複合魔法】なら可能ですよ。【ウォーターストリーム】の水量を調節すれば良いだけなので…」
「あぁ、サトルさんの発想には本当に感服します。やはり、ニッポンの知識なのでしょうか?」
まぁ、日本には便利な電化製品がたくさんあったからね。
ここで無言だった伯爵様が発言した。
「ツキオカ殿、この魔道具の原価は如何ほどだろうか?ああ、秘密であれば無理に聞き出すことはしないがね」
まぁ、別に秘密にすることでもないけどな。
「はい、魔石費用込みでおよそ150万ベルというところでしょうか。ただし、『魔道基板』の作成に失敗した分を含めると、350万ベルにはなりますが…」
お湯を作るだけの道具がこれだけ高額なら、おそらく需要は無いだろう。まぁ、趣味で作っただけなので、別に売る気もないけどね。
「500、いや600万ベルで売ってくれないだろうか?この試作品で構わないよ」
部屋の隅に控えていた侍女さんの顔が喜びの表情になった。『魔道ケトル』をこのお屋敷で使えるようになれば、侍女としての仕事がかなり楽になるだろうからね。
…が、続く伯爵様の言葉を聞いて、すぐにがっかりとした顔になった。
「王室に献上したいと思っている。それほどこの魔道具は画期的だよ。我が国の、いや世界の魔道具界を変革するものになるだろう」
いや、そんな大袈裟な…。
「でしたら、400万ベルでお譲り致します。少しだけ利益を計上させていただければ十分ですので…」
「いや、最低でも600万ベルは支払わせてくれたまえ。あまりに安いとありがたみも薄れるしな」
ああ、王室に献上するのなら、確かに安物ではマズイか…。
…で、話し合いの結果、最終的には600万ベルで買い取ってもらうことになったよ。
意図せず利益を得てしまったけど、これもまた新たな魔道具の部品代として消えることになるのは間違いない。てか、この世界では、金の遣い道がそれくらいしか無いんだよね(俺の場合)。




