140 アリス・オコーナーの回想
私はオコーナー準男爵家の長女として生まれ、王立高等学院を10位以内という成績で卒業したあと、王宮の厚生部に就職した。
さらに就職後も勉強を続け、医師としての資格も取得した。我ながら大したものだと思うのだが、そのために婚期を逃してしまったことについては反省せねばなるまい。
その私がある兄妹と出会ったことで、自分の優秀さなど『井の中の蛙』に過ぎなかったことを思い知らされたのだった。
スラム街で発生した集団食中毒事件(『第3号病毒事件』と仮称)の調査を命じられた私は、患者からの聴取を繰り返した。
それによって、なんとか発生源と思しき業者(屎尿汲み取り業者)は特定したものの、その感染方法や治療法は全く分からなかった。これは治療所で患者と直接向き合っている医官たちも同様で、病名や治療法などは五里霧中と言っても過言ではない状態だったのだ。
そのような状況下で、ある冒険者パーティーが行う調査に協力するよう、上から指示された。
初めて会ったときの『暁の銀翼』なる冒険者パーティーは、リーダーである男性一人に女性が四人というふざけた構成の集団だった。しかもメンバー全員が若く、幼い子供(あとで聞いたら15歳だそうで、幼くはなかった)までいたのだ。
こんな奴らに何ができる?
私がそう考えたのも無理は無いだろう。
思わず初対面の挨拶で失礼な態度をとってしまった私だったが、リーダーであるサトル・ツキオカ殿は穏やかで丁寧な態度で接してきた。この国では珍しい容姿である黒髪に黒い瞳を持つ、優しそうな人物だった。
そして驚いたことに、シュバルツ男爵家のご令嬢であるアンナ様がメンバーの一人としていらっしゃったのだ。この方は希少な二属性の魔術師であり、どこかの貴族家で侍女をなさっていたはずだが(…そういう噂を聞いたことがあった)、まさか冒険者になっていたとは驚きだ。
それ以上に驚かされたのが、サトル殿の妹であるナナ嬢の持つ知識だ。なんと今回の事件の根本原因をあっさりと看破したのだ。それも私と小一時間、会話しただけで…。
ニッポンという国については名前すら聞いたことが無いが、どうやらツキオカ兄妹の祖国らしい。どれだけ進んでいる国なのだ、ニッポンという国は…。
あと、サトル殿と幼い女の子(オーレリー嬢)が【光魔法】の使い手であることに喜んだ私は、スラム街の治療所に同行してもらった。なぜなら【光魔法】の使い手は、そのほとんどが教会の神官であり、そいつらはスラムへの派遣要請を断り続けていたからだ。
そんな奴らが神の使徒を名乗っているなんて、信じられないよ。
で、馬車での移動の際、私はナナ嬢の持つ【アイテムボックス】のスキルにも驚かされた。なにしろ超希少スキルだからな。さらにナナ嬢は【水魔法】まで使えるそうだ。
五人編成の冒険者パーティーで、その内の四人が魔術師であるなど今まで聞いたことが無い…。
そして、最初に訪れた治療所で、サトル殿の見事な指揮っぷりを見ることができた。
もはや驚き過ぎて感覚が麻痺していた私だったが、ここでさらに驚かされることになる。それがサトル殿が作成したという魔道具だ。
なんと治癒と解毒を切り替えて発動できるという素晴らしい性能の魔道具であり、それを唯一の非魔術師メンバーである女性に気前よく贈呈していたのだ。グレッグ医官がその魔道具を500万ベルで買いたいと言っていたが、その気持ちは私にもよく分かる(私も欲しい…)。
なお、これで彼らのパーティー『暁の銀翼』は、全員が魔法を発動できるということになったわけだ。これは実はすごいことなのでは?
治療所を2か所ほど回ってから宿泊施設へと向かった私たちだったが、そこでもまた驚きが待っていた。
まずは、彼らが連絡したい所があると言ったため、そこへ向かわせる騎士を手配しようとしたときのことだ。彼らがアインホールド伯爵の知己であり、お屋敷に滞在を許されるほど信頼を得ているということが判明したのだ。
もう一つは、宿泊施設の運営を委託しているルナーク商会という新進気鋭の商会があるのだが、そこの幹部とも知り合いみたいだ。いったいどれだけ顔が広いんだ…。
なお、私はこの事件の調査でスラムを訪れてから、ずっとこの宿泊施設で寝泊まりしていて、すでに入浴も経験している。
この世にこんなに気持ちの良いことがあったとは…。温かい湯に身体を浸すというだけのことなのに…。
男女別に分けられている広い風呂場の中には、一度に10人くらいは入れるような湯船と、5人が横並びに座れるような洗い場があった(男性用の風呂場のほうは知らないが…)。
入浴経験者として、その作法を彼女たちに教えてあげようと思ったら、ナナ嬢が率先して他のメンバーたちに指導していた。というか、私よりも詳しかった。
タオルを湯船の中に浸けないとか、かけ湯をしてから湯船に入るとか…、そういう細かい作法が決められているのだ。
それらの作法をなぜ知っているのか、ナナ嬢に尋ねたところ、『ニッポンの常識です』と返された。ニッポンすごいな…。
私は湯船に張られたお湯に肩まで浸かっているとき、隣にいたアンナ様に質問してみた。
「アンナ様、あのサトルという御仁はいったい何者なのですか?【光魔法】の中級が使えて、魔道具まで作成できる。もしや見た目通りの年齢ではないとか?」
「ふふ、初めてあの方とお会いしたときの私たちと全く同じ感想を抱くのですね。私もあの方が21歳であり、私と同い年であることに驚いたのですよ。ちなみに、サトルさんも私と同様二属性の魔術師なんですよ」
はぁぁぁ?希少な魔術師の中でも、さらに希少な二属性だって?
もはや国で囲うべき人材と言っても過言ではないだろう。妹のナナ嬢も含めてね。




