014 菓子パン②
エイミーお嬢様もアンナさんもあっという間に食べきってしまった。まぁ量も少なかったしね。
俺はこの間に他のパンを食べるべきだったのだが、二人の食べっぷりに圧倒されてずっと見ていただけだった。これが失敗だった…。
二人はテーブル上に残っている二つのパンと俺の顔を交互に見つつ、何か言いたげだった。いや、まぁ分かりますけどね。食べたいんですよね?
「えーっと、もしよろしければお二人で食べてください。俺は良いので…」
そう、元の世界に戻りさえすれば、俺はいつでも食べられるしな。これだけ期待した目で見られてるのに、俺一人だけで食べてしまえるほど俺の心は強くないっつーの。
アンナさんが銀製のナイフとフォークを取り出して、ツナコーンのパンとピザ風のパンを丁寧に一口大の大きさで切り分けた。
てか、アンナさん自分も食べるつもりだな。良いのかね?主に全部捧げるべきなんじゃないのか?いや、もしかすると毒見を兼ねているのかも…。
まずお嬢様がツナコーンを口に入れ、またもや蕩けた顔になった。ツナとマヨネーズとコーンの組み合わせは最強だよな。
「このお肉は何なのでしょう。柔らかくって、でも適度な歯ごたえもある。あと、コーンは分かりますが、塗られているソースが初めての味です。極上の味わいですよ」
「動物の肉ではなく、海の魚の身を加工したものですよ。あとソースは、卵を使った『マヨネーズ』という名の調味料です」
俺の説明に驚いた風のお嬢様。この世界の海にもマグロ(ツナ)っているのかな?
アンナさんのほうはピザパンを食べて目を見張っていた。
「お、お嬢様、こちらのパンも素晴らしいお味ですよ。溶けたチーズをパンに載せることは割と一般的ですし、その上のオニオンとスライスされたお肉も分かります。ただ、こちらも塗られている赤いソースが何なのか分かりません。少し酸味がありますが、とても美味しゅうございます」
「トマトという野菜を素材に作られたソースですね」
「トマトですって?あれは観賞用の植物ではなかったのですか?!トマトがこんなに美味しいなんて…」
この世界にもトマトやオニオン(玉ねぎ)はあるみたいだな。てか本当は別の名前なのに【全言語理解】が勝手に翻訳しているんだと思うけど…。
お嬢様とアンナさんだけでパクパクと食べ進め、すぐに全ての菓子パンが二人の胃の中に消えていった。
「ツキオカ様。こんなに美味しいものをいただき、誠にありがとうございました。領都のお屋敷に戻ったらすぐに料理長に相談して、これらを再現してみたいと思います。そのときはぜひご助言をいただきたくお願い申し上げます」
「いえ、ご満足いただけたようで俺も嬉しいです。あと今後の予定ですが、俺としては祖国へ帰るための方法を探すつもりです。ですから、伯爵様のお屋敷へは行けないかもしれません」
「そうですか…。それは残念です。あ、でもデルトにあるうちの別荘へはお招きしたいと思っていますからね。命の恩人を歓待するのは当然です」
現状は無一文なので、宿屋にも泊まれない。なので、それはとても助かります。
てか、金をいくらか貸してほしいんだけどな。恥ずかしくて言い出せないけど…。
あとどうでも良いけど、マックス隊長や部下の騎士さんたちが羨ましそうに俺たちを(いや、エイミーお嬢様とアンナさんを)見ていたよ。
菓子パンがたくさんあったら全員に振る舞ってたんだけど、なにしろ三個だけだからね。
なので、俺を恨めしそうに見るのはやめていただきたい。俺だって食べられなかったんだから…。
「あ、その紙はゴミなので捨てておいてください」
菓子パンを置いていた紙のことだ。授業用のノートから破り取ったA4用紙のことね。
アンナさんがその紙を手に取って、初めて気付いたように目を見張った。
「これが紙ですって?なんて薄くて滑らかな手触りなんでしょうか。ツキオカ様のお国ではこういう上質な紙が一般的なのですか?」
「そうですね。普通に使っていますね」
あー、こういう紙もオーバーテクノロジ的な物なのか?もしかしてこの世界の人たちに見せてはいけなかったのだろうか…。…ってもう遅いけど。
「あの、捨てるのでしたら、これをいただいてもよろしいでしょうか?」
そんなに汚れてないとはいえ、リサイクルしたいのかな?エコだな。
「どうぞどうぞ。どうせ捨てるつもりでしたし…」
まぁ、別に問題ないよね。
というか、『異世界転移』を企んだのがこの世界の神様だとしたら、持ち物を没収せずに転移を実行したわけで、それすなわち問題無いってことになるはずだ。




